研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


ノリウツギの安定供給に向けての調査

樹皮からネリが採取される。下部の白くなった箇所が樹皮を採取した部位。
東文研内での関係者会議

 文化財修復や伝統工芸等で使用されている和紙は、楮(こうぞ)や雁皮(がんぴ)と言った植物から取り出した繊維を原料としていることはよく知られています。一方で、「ネリ」と呼ばれる物質も必要であることはあまり知られていないかもしれません。ネリを添加しないと繊維がうまく分散せず、漉きあがった紙はムラの多い、地合いの悪いものとなってしまいます。ネリを添加することで繊維が水中で均一に分散し、美しい漉きあがりとなるのです。
 工業的に大量生産される紙の場合はポリエチレンオキサイドなどの合成品がネリとして用いられることがほとんどですが、伝統的にはトロロアオイやノリウツギなどの植物から採取される粘液がネリとして用いられてきました。今でも、特に薄手の和紙においてはトロロアオイやノリウツギ由来のネリが最適とされており、文化財修復に用いられる和紙でも幅広く用いられています。しかし、特にノリウツギについては、野生株の採取に頼っていることや、採取を行う後継者が不足していることなどの問題から、安定した供給が困難になりつつあり、このままでは文化財修復等に用いる和紙を漉くことができなくなりかねません。例えば、掛軸の総裏紙として用いられる宇陀紙はノリウツギから得られたネリを用いて漉かれるため、将来的には掛軸の修復が困難になるような事態も想定されます。
 保存科学研究センターでは文化庁からの受託研究「美術工芸品の保存修理に用いられる用具・原材料の調査」を文化財情報資料部、無形文化遺産部とともに遂行していますが、その中の主要な調査としてノリウツギの安定供給に向けて活動しています。この研究は、北海道および標津町などと連携して行われており、標津町のノリウツギ産地の視察を行ったり、定期的に検討会を開催したりしています。今後もノリウツギの安定供給に向けた支援を行うとともに、ノリウツギから得られるネリがなぜ優れた性能を示すのか科学的に評価していく予定です。

「文化財修復技術者のための科学知識基礎研修」の開催

開講式後の集合写真
分子模型を使用した基礎科学の講義
有機溶剤の選択方法の実習

 保存科学研究センターでは、文化財の修復に関して科学的な研究を継続してきています。令和3(2021)年度より、これらの研究で得た知見を含めて、文化財修復に必要な科学的な情報を提供する研修を開催しています。対象は文化財・博物館資料・図書館資料等の修復の経験のある専門家で、実際の現場経験の豊富な方を念頭に企画されています。
 令和4(2022)年10月31日より11月2日までの3日間で開催し、文化財修復に必須と考えられる基礎的な科学知識について、実習を含めて講義を行いました。文化財修復に必要な基礎化学、接着と接着剤、紙の化学、生物被害、薬品の使用上の注意や廃棄の方法などについて東京文化財研究所の研究員がそれぞれの専門性を活かして講義を担当しました。
 定員15名のところ、全国より45名のご応募を頂きました。昨年度は新型コロナ感染拡大の状況を考慮し、対象を東京都内に在住・通勤の方のみと限定しましたが、今年度は地域の制限は撤廃し、広い分野の方がお越しになれるよう検討し19名の方にご参加いただきました。昨年度のご要望を踏まえて調整した内容でしたが、開催後のアンケートでは、参加者の方達から、非常に有益であったとの評価をいただきました。今後修復現場に活用されたい具科学的な情報の具体的なご要望もいただき、これらのご意見を踏まえながら次年度も同様の研修を継続する予定です。

世界遺産研究協議会「文化財としての『景観』を問いなおす」の開催

案内チラシ(表)
研究協議会における討論の様子

 文化遺産国際協力センターでは、世界遺産制度とその最新動向に関する国内向けの情報発信や意見交換を目的とした「世界遺産研究協議会」を平成28(2016)年から開催しています。令和4(2022)年度は、「文化財としての『景観』を問いなおす」と題し、環境や領域の保全を理念の一つとするユネスコ世界遺産と、点から面への転換を目指すわが国の文化財保護の接点として「景観」に着目しました。昨年度、一昨年度は、コロナ禍のためオンライン配信とせざるを得ませんでしたが、今回は参加人数を50名に制限しながらも令和4(2022)年12月26日に東京文化財研究所で対面開催しました。
 冒頭、西和彦氏(文化庁)が「世界遺産の最新動向」について講演した後、金井健(東京文化財研究所)より開催趣旨を説明しました。つづく第Ⅰ部では、研究職の立場から惠谷浩子氏(奈良文化財研究所)が「日本における文化的景観の特質」、松浦一之介(東京文化財研究所)が「景観としての世界遺産:範囲設定とその根拠法」、また第Ⅱ部では、行政職の立場から植野健治氏(平戸市)が「協働による景観保護の可能性」、中谷裕一郎氏(金沢市)が「金沢の文化的景観の価値を活かした景観まちづくり」について、それぞれ講演しました。その後、登壇者全員が日本の文化財保護制度における景観の位置づけなどについて討論しました。
 講演と討論をつうじて、わが国では文化財としての景観が概念や制度の上で非常に限定的に捉えられているのに対し、特にヨーロッパでは都市計画、環境保全、農業政策などの国土利用に広く位置づけられている実態が明らかになりました。日本では文化財保護と都市計画が別々の歩みを進めたことが、今なお面的な保護の遅れに大きく影響しているとの指摘もありました。このようにわが国では複雑な課題を抱えた「景観」のテーマも含め、当センターでは引き続き遺産保護の国際的制度研究に取り組んでいきたいと思います。

国際シンポジウム「考古学と国際貢献:バーレーンの文化遺産保護に対する日本の貢献」および「バーレーン考古学をめぐって」の開催

バーレーンに残るディルムンの古墳群
東京シンポジウムの講演者と参加者

 中東のバーレーンは、東京23区と川崎市をあわせた程度の小さな島国ですが、魅力ある文化遺産を数多く有しています。とくに今から4千年前頃には、バーレーンはディルムンと呼ばれ、メソポタミアとインダスを結ぶ海洋交易を独占して繁栄したことが知られています。この時代だけで7 万5 千基もの古墳が造られ、それらは19世紀末以来、多くの研究者を惹きつけてきました。この古墳群は、2019年にはユネスコの世界文化遺産にも登録されています。
 東京文化財研究所は長年にわたり、ディルムンの古墳群の史跡整備や発掘調査に協力してきました。そして、今年度からは新たに、バーレーンに残されている歴史的なイスラーム墓碑の保存にも協力を開始することとなりました。
 2022年は、日本とバーレーンの外交関係樹立50周年という記念の年にもあたります。そこでこのたび、本研究所は金沢大学古代文明・文化資源学研究所と共催で、国際シンポジウム「考古学と国際貢献:バーレーンの文化遺産保護に対する日本の貢献」(12月11日、会場:東京文化財研究所)と「バーレーン考古学をめぐって」(12月14日、会場:金沢大学)を開催しました。これらのシンポジウムでは、バーレーンの国立博物館館長のほか、バーレーンで発掘調査を行っているデンマーク隊、フランス隊、イギリス隊の隊長、日本の考古学や保存科学の専門家が一堂に会しました。
 東京のシンポジウムではバーレーンにおける各国による発掘調査の歴史や日本の専門家による発掘や保存修復活動が紹介され、金沢のシンポジウムでは各国隊による最新の発掘調査成果がおもに紹介されました。
 本研究所は、今後もバーレーンの文化遺産の保護に様々な形で協力していく予定です。

アンコール遺跡世界遺産登録30周年記念式典および国際調整委員会への参加

式典の様子
ポスター展示(中央が東文研事業の紹介)

 東京文化財研究所では、カンボジア・アンコール遺跡群のタネイ寺院遺跡においてアンコール・シエムレアプ地域保存整備機構(APSARA)との協力事業を継続しています。
 アンコールは1992年にユネスコ世界文化遺産に登録され、その後日本を含む各国による本格的支援協力が開始されました。支援の対象は遺跡の保存修復にとどまらず、その観光活用や人材育成を含む体制整備、さらには周辺地域の持続的発展に向けた計画策定やインフラ整備等々、多岐にわたります。紆余曲折を経ながらも、アンコールは押しも押されもせぬ世界的観光地となり、カンボジア経済にとって最重要の外貨収入源の一つになっています。同時にそれは、様々な課題を抱えつつも、世界遺産の保護と活用における国際協調の成功事例として大いに評価されています。
 令和4(2022)年12月14日早朝、アンコールワット参道前にて「アンコール世界遺産登録30周年記念式典」が挙行され、筆者もこれに参加しました。大勢の僧侶による読経に始まり、伝統舞踊も交えた荘厳な儀式でしたが、会場では私たちの事業も含むこれまでの国際協力の歩みを振り返るポスター展示も行われました。
 翌15日と16日にはそれぞれ、アンコール国際調整委員会(ICC)の第36回技術会合と第29回本会合がシエムレアプ市内で開催されました。毎年恒例のこの会議もコロナ禍ではオンライン主体での開催が続きましたが、ようやく国内外の専門家や関係機関代表が一堂に会しての対面開催が実現し、多くの事業の進捗が報告・共有されるとともに、各国関係者が旧交を温める場としての役割がようやく戻ってきたことに感慨を新たにした次第です。

ルクソール(エジプト)での壁画及び考古遺物保存に係る共同研究に向けた事前調査

岩窟墓壁画保存修復作業現場での調査
現地保存に係る保存修復事例の調査(ハトホル神殿)

 ルクソールは、古代エジプト史の時代区分における新王国時代に首都テーベがおかれていた場所であり、トトメス1世やツタンカーメンなど歴代の王が眠る王家の谷やカルナック神殿をはじめ数多くの葬祭殿が残されています。これらの遺跡群は、消滅した文明を今に伝える重要な痕跡であることなどが評価され、「古代都市テーベとその墓地遺跡」として1979年に世界遺産に登録されました。ナポレオンによる1798年のエジプト遠征に端を発して大きく飛躍することとなったエジプト文明に係る研究は、現在も国際的な規模で進められており、毎年興味深い発表や報告が続いています。ルクソールも例外ではなく、各所で盛んに発掘調査が進められ、新たな遺跡や遺物の発見があとを絶ちません。
 これに伴い問題となっているのが、考古学調査後の保存と活用についてです。近年では、発掘調査で発見された遺跡や遺物を地域の観光振興等に活用すべく、文化財として整備・処置することが義務付けられるようになりました。しかし、時間と予算の制約の中で応急的に行われた不適切な処置によって、却って対象物を傷めてしまう事例が少なくありません。
 こうした問題の改善に向けた支援の可能性を探るため、令和4(2022)年12月12日から24日にかけて、ルクソール博物館及びルクソール西岸岩窟墓群を対象にした実地調査を行いました。その結果、博物館に収蔵された考古遺物の保存管理に係る処置方法や、現地保存を前提とした岩窟墓壁画の保存修復方法の検討について、現地専門家より協力が求められました。今後、緊急性の高い研究テーマを絞り込むための調査を継続し、国際協働事業に繋げていくことを目指します。

香川・妙法寺への与謝蕪村筆「寒山拾得図」復原襖の奉安

妙法寺本堂に復原襖を建て込む作業
妙法寺本堂に奉安された与謝蕪村筆「寒山拾得図」復原襖

 令和3(2021)年8月の活動報告でご紹介したとおりhttps://www.tobunken.go.jp/materials/katudo/910046.html、香川県丸亀市の妙法寺にある与謝蕪村筆「寒山拾得図」は、かつて拾得の顔がマジックインクで落書きされ、寒山の顔の部分に損傷を受けましたが、昭和34(1959)年に東京文化財研究所で撮影したモノクロ写真から、損傷前の描写が明らかになります。
 当研究所では、このモノクロ写真と、現代の画像形成技術を合わせて、損傷を受ける前の襖絵を復原し、襖に仕立てて妙法寺に奉安する共同研究を立ち上げました。
 まず、現在の「寒山拾得図」を撮影した高精細画像に、モノクロ写真の輪郭線を重ね合わせ、損傷前の復原画像を形成し、実際の作品と同様の紙継ぎになる大きさで和紙に画像を出力するところまでを当研究所でおこないました。次に、現在の本堂に建て込めるように襖に仕立てる事業は、妙法寺にご担当いただきました。襖に仕立てる作業は、国宝修理装潢師連盟加盟工房である株式会社修護が担当し、襖の下地は、国指定文化財に用いられるものと同等の仕様、技術、材料で施行し、引手金具もオリジナルの金具を模造して使っています。
 また、建具調整には黒田工房の臼井浩明氏のご協力を得て、本堂に実際に襖を建て込むための建て合わせや微調整を入念におこない、令和4(2022)年11月22日、無事に復原襖を妙法寺本堂へ奉安することができました。
 実際に襖として建て込まれると、その大きさや表現は圧巻で、蕪村の筆遣いや絵画空間が目の前によみがえったかのようです。このように古いモノクロ写真を用いた絵画の復原は当研究所としても初の試みで、90年以上蓄積されてきた膨大なアーカイブ活用の今後の指標ともなるでしょう。

【シリーズ】無形文化遺産と新型コロナウイルス フォーラム4「伝統芸能と新型コロナウイルス―これからの普及・継承―」の開催

地歌三弦演奏(右:岡村慎太郎氏、左:岡村愛氏)
座談会(右から櫻井弘、布目藍人、江副淳一郎、仲嶺幹の各氏)

 無形文化遺産部では、令和4(2022)年11月25日、東京文化財研究所セミナー室にてフォーラム4「伝統芸能と新型コロナウイルス―これからの普及・継承―」を開催しました。
 まず、当研究所無形文化遺産部・石村智、前原恵美、鎌田紗弓が、伝統芸能と教育に関する海外の事例、コロナ禍における伝統芸能の現状とこの一年の経過について報告しました。
 続いて、それぞれ異なる立場や枠組みで伝統芸能の普及や継承に取り組んでいる事例について、櫻井弘氏(独立行政法人 日本芸術文化振興会)、布目藍人氏(公益社団法人 芸能実演家団体協議会)、江副淳一郎氏(凸版印刷株式会社、文化庁「邦楽普及拡大推進事業」事務局)、仲嶺幹氏(沖縄県三線製作事業協同組合)からご報告を頂きました。そして事例報告の間には、文化庁「邦楽普及拡大推進事業」採択校で邦楽指導に当たられている岡村慎太郎氏と岡村愛氏による地歌三弦『黒髪』『橋尽し』が演奏されました。
 事例報告者と石村、前原による座談会では、伝統芸能の普及・継承に関わる様々な立場の取り組みにおいても、コロナ禍以前から内在していた需要拡大の問題がコロナ禍で顕在化したことを改めて共有しました。また、伝統芸能の普及の上にこそ継承が成り立つとの認識から、様々な立場、枠組みで多様な年代の伝統芸能のニーズに対応しつつ、その情報を共有することで全体として幅広い需要を的確につかみ、シームレスな伝統芸能の普及拡大に繋げる一歩となる、との意見で締め括りました。
 なお、このフォーラムはコロナ対策のため、席数を半数に限定して開催しましたが、当研究所ウェブサイトで令和5(2022)年3月31日まで記録映像を無料公開しています(https://www.tobunken.go.jp/ich/vscovid19/forum_4/)。また、年度末に報告書を刊行し、当研究所ウェブサイトで公開する予定です。

菩薩像における条帛の着用・非着用の問題について―薬師寺金堂薬師三尊像に関する考察の手がかりとして――第6回文化財情報資料部研究会の開催

研究会の様子

 仏像は様々な服を身に着けています。菩薩像や明王像が、上半身にたすき状にかける「条帛」と呼ばれる布製の着衣もそのひとつですが、条帛に関する研究はこれまで積極的にはされてきませんでした。
 令和4(2022)年11月28日に開催された文化財情報資料部研究会では、黒﨑夏央(当部アソシエイトフェロー)が「菩薩像における条帛の着用・非着用の問題について―薬師寺金堂薬師三尊像に関する考察の手がかりとして―」と題して発表を行いました。
 奈良・薬師寺金堂に安置される薬師三尊像は、日本の仏像を代表する作例でありながら、7世紀末に藤原京の薬師寺で造立されたのか、それとも8世紀初めに平城京で新たに鋳造されたのか、未だ定説を見ていません。法隆寺金堂壁画や宝慶寺石仏群をはじめ、これまで薬師寺像と比較されてきた同時代の菩薩像がみな条帛を着けるのに対し、薬師寺像が条帛を着けないことは、同像の制作背景や制作年代に関わる造形的特徴として注目されます。本発表では薬師寺像の考察を見据えて、7世紀に制作された日本および中国の塼仏や、中国の石窟における菩薩像の作例について、条帛の有無という観点から概観しました。中国で制作された塼仏における菩薩像は、上半身を裸形であらわすインド風の表現が採られていますが、藤原京で薬師寺像が造立されたのと同じ頃に日本で制作された塼仏には条帛が着けられており、現在の薬師寺像では古い形式が採られていることを述べました。今後はその背景について、歴史的・思想的な観点から考察を深めることが課題です。
 研究会はオンライン形式で開催され、所外からも仏教美術史を専門とする方々にご参加いただきました。質疑応答では、条帛そのものについて、7世紀後半の入唐僧や国際情勢について、同時代の作例との関連性についてなど、様々な観点から活発な議論が行われました。今後の研究を進めるうえで貴重なご意見をいただくとともに、薬師寺像の持つ問題性の大きさを改めて共有する場ともなり、充実した研究会となりました。

前田青邨文庫の受入

「前田青邨文庫」の一部
女史箴巻を見る前田青邨(『文化』第246・247号、1974年10月から転載)

 日本画家前田青邨(1885-1977)の旧蔵資料「前田青邨文庫」を、青邨の三女・秋山日出子氏から、日出子氏の長男である秋山光文氏(お茶の水女子大学名誉教授、目黒区美術館館長)のご紹介により、令和4(2022)年10月11日付で東京文化財研究所にご寄贈いただき、11月8日に感謝状を贈呈しました。
 この文庫は、113種類275点(図書109種類270冊、カセットテープ3本、レコード1組2枚)の資料からなり、甲冑など武具の故実書、歴史物などの江戸期版本や、幸野楳嶺の画集、「梶田半古自筆画稿」の題簽が付された折本、日本美術院の後輩である小林柯白、酒井三良らの小品集などが含まれており、今後の前田青邨研究において欠かせない資料といえます。
 また、この文庫には、カセットテープ「青邨『女史箴』再見談」が収められております。これは昭和49(1974)年に、青邨の女婿で東京大学文学部教授であった秋山光和氏(光文氏の父、当研究所名誉研究員)の斡旋により北鎌倉の青邨邸にて行われた小林古径・青邨筆「臨顧愷之女史箴巻」の調査、青邨本人への聞き取りの記録です。この調査には東北大学の亀田孜氏・原田隆吉氏とともに、当時の東京国立文化財研究所の辻惟雄・関千代・河野元昭らの各氏が参加しており、当研究所の活動記録としても、とても重要なものです。このように、青邨の作品・作家研究に必須であることはもとより、当時の文化財調査のあり方を示す資料として、広く今日の文化財研究にとっても有用といえます。
 今回ご寄贈いただいた「前田青邨文庫」は資料閲覧室にて公開します。また図書資料は、ゲッティ研究所との共同事業におけるオープンアクセス対象の資料とし、一方、カセットテープやレコードなどはデジタル化し、長期にわたって研究に活用できる処置を施したいと考えています。この文庫が、前田青邨や近代日本画、さらには文化財の研究に寄与できれば幸いです。

「第56回オープンレクチャー かたちを見る、かたちを読む」の開催

「第56回オープンレクチャー かたちを見る、かたちを読む(チラシ)」
講演風景(江村知子)
講演風景(吉田暁子)

 文化財情報資料部では、令和4(2022)年11月8日に、「第56回オープンレクチャー かたちを見る、かたちを読む」を開催しました。毎年秋に一般から聴衆を公募し、日頃の研究成果を講演の形をとって発表するものです。令和2年以降、新型コロナウイルス蔓延に鑑み、外部講師を交えて2日間にかけて行うという例年の形式を縮小し、内部講師2名による1日のみのプログラムとし、聴衆も事前の抽選により50名に限定して開催しました。東京文化財研究所セミナー室を会場とし、内部の聴講者のために会議室をサテライト会場としました。
 本年は、文化財情報資料部部長・江村知子による「遊楽図のまなざし ―徳川美術館蔵・相応寺屏風を中心に」、および研究員・吉田暁子による「岸田劉生の静物画 ―『見る』ことの主題化」の2講演を行いました。
 江村からは、近世初期風俗画の代表作として知られる相応寺屏風について、高精細画像によって細部の描写を紹介し、描かれた意匠や建築物の特徴、また塗り重ねなど細部の描写の特徴について報告しました。吉田は、大正期に描かれた岸田劉生による《静物(手を描き入れし静物)》などの静物画を題材に、光学調査によって新たに得られた画像に基づき、作品完成後の加筆について、また描写の特徴と画論との関係について述べました。
 アンケート回答者の八割以上の方から、「満足した」「おおむね満足した」との回答を頂きました。

機那サフラン酒本舗鏝絵蔵に使用された彩色材料の調査

機那サフラン酒本舗鏝絵蔵
剥離・剥落箇所

 新潟県長岡市にある機那サフラン酒本舗鏝絵蔵は、大正15(1926)年に創業者である吉澤仁太郎(よしざわ・にたろう)からの発注により、左官・河上伊吉(かわかみ・いきち)が仕上げを手掛けたものです。鏝絵は木骨土壁の軒まわりや戸を中心に配されており、漆喰を主材に盛り上げ技法を用いながら大黒天や動植物を立体的に表現しています。また、赤色や青色の彩色が施されており、色彩によるコントラストが立体的な視覚効果を生んでいます。
 これらの鏝絵は、雨風にさらされる過酷な環境下に置かれていますが、今日に至るまでに経過した約100年という時間を考えれば比較的良好な状態が保たれています。鏝絵を構成する主要な材料である漆喰が持つ特性や左官技術の高さに加え、この鏝絵を大切に守り伝えようと尽力されてきた方々がいたからこそと言えるでしょう。
しかし、それぞれの鏝絵を個別に観察してみると、局部的に漆喰や彩色の剥離・剥落といった傷みがみられます。そこで、所有者である長岡市の依頼のもと、令和4(2022)年11月11日に現地を訪問し、近い将来必要になると想定される保存修復に向けた事前調査の一環として、彩色や漆喰のサンプリング調査を行いました。サンプリング調査は「破壊調査」とも呼ばれるように対象物の一部を採取して行うものです。「破壊調査」と聞くと、「=よくないこと」というイメージを持たれる方も多いかもしれませんが、決してそうではありません。なぜなら、表層面からだけでは得ることのできない信頼性の高い情報を得ることが可能となり、それに伴い保存修復の安全性と確実性をより高めるからです。
 大切に守られてきた鏝絵蔵を次の100年に繋げていくことを念頭に、本調査の分析・解析結果を有効に活用しながら、具体的な保存修復の立案に役立てていきたいと思います。

国際研修「ラテンアメリカにおける紙の保存と修復」2022の開催

実習風景

 『国際研修「ラテンアメリカにおける紙の保存と修復」』は、平成24(2012)年度よりICCROM(文化財保存修復研究国際センター)とCNCPC-INAH(国立人類学歴史機構 国立文化遺産保存修復調整機関、メキシコシティ)との3者共催でCNCPCにて実施しています。令和4(2022)年度は11月9日から22日にかけて、アルゼンチン、ウルグアイ、コロンビア、スペイン、チリ、ブラジル、ペルー、メキシコの8カ国から計9名の文化財保存修復専門家を研修生として迎え、開催しました。
 東京文化財研究所が前半の5日間(9日から14日)を、後半の5日間(16日から22日)はCNCPCが担当しました。日本の紙保存技術の基礎をテーマとした前半では、技術の保護制度に関する解説から始まり、道具材料など材料学、国の選定保存技術「装潢修理技術」の基本的な情報までを講義形式でまず紹介しました。また、これに続く実習では、装潢修理技術のうち海外文化財にも適応性が高い技術や知識を、裏打ちなどの作業を通して伝えました。後半はラテンアメリカにおける和紙の応用をテーマとして、材料の選定方法から洋紙修復へのアプローチ手法までを、メキシコやスペインの専門家らが教授しました。
 新型コロナウイルス感染症の拡大以降初の対面開催でしたが、参加者の協力のもと基本的な感染対策を徹底し、無事に研修を終えることができました。本研修を通じて参加者が日本の伝統技術のエッセンスを掴み、自国の文化財保護へと役立てていくことを期待しています。

ブータンの伝統的石造民家の保存に向けた予備調査

コープ集落の全景(西より望む)
MOU署名式(左:友田東文研センター長、右:ナクツォ・ドルジDoC局長)

 東京文化財研究所(東文研)では、文化遺産としての保護対象を伝統的民家を含む歴史的建造物全般へと拡大することを目指すブータン内務文化省文化局(DoC)を支援し、遺産価値評価や保存活用の方法などについて調査研究の側面からの協力を行っています。新型コロナウイルス感染症の世界的蔓延に伴う渡航制限により、令和2(2020)年1月以降はオンラインによる協力実施を余儀なくされてきましたが、本年7月に日本、9月にはブータンの渡航制限措置が大幅に緩和されたことを受けて、現地での共同調査を再開することで DoCと合意し、11月5日から15日にかけて東文研職員3名に奈良文化財研究所職員1名を加えた計4名の派遣を行いました。
 今回の現地派遣は、ブータンの東部地域にみられる石造民家建築を主な対象に、その適切な保存活用の基礎となる学術的な総合調査の前段階として、当該地域の集落や民家の基本的な特徴や有効な調査方法を把握・検証することを目的としました。首都ティンプーから比較的アクセスのよい東部中央寄りのトンサ県(Trongsa Dzongkhag)とブムタン県(Bumthang Dzongkhag)を中心に、これまでの政府の調査記録や各県からの情報提供等をもとにDoC遺産保存課(DCHS)があらかじめ選定した集落と民家について、実測や写真測量、住民への聞取り等の調査を行いました。集落形態にも地域ごとの特色があり、中でもトンサ地方南方の特に険しい山間地域にあるトゥロン(Trong)とコープ(Korphu)の両集落は尾根づたいに民家が建ち並び、農村でありながら都市的な集落形態をみせる点が独特です。また、トゥロンの民家はほぼすべてが石造なのに対し、コープでは石造民家と版築造民家が混在し、かつ版築造民家がより古い形式を留めていることが確認できました。他の民家でも、版築造を後に石造で増改築したものが散見されることから、少なくとも今回の調査地域では民家に用いられる構造が版築造から石造へと変遷した様子が窺えます。また石造民家には非常に複雑な増築を繰り返してきたとみられる事例があり、版築造に比べて石造では増築や改修の頻度が高い可能性が考えられます。調査方法に関しては、乱石積の複雑な目地を現し、形状の歪みも多い石造民家では、今回用いた写真測量による記録が効率よく、きわめて有用であることが確認できました。
 調査終了後、ティンプーのDoC庁舎においてブータンの建築遺産保護協力に関する覚書(MOU)の署名式を執り行うとともに、DCHSとの協議を行い、今回の調査結果や今後の協力事業の方向性などについて意見交換を行いました。来年度以降、DCHSとの協働のもと、ブータン東部地域で石造民家建築を対象とした調査研究活動を本格的に展開していく予定です。

第16回 東京文化財研究所 無形文化遺産部 公開学術講座「無形文化財と映像」を開催

座談会の様子(檀上左から佐野真規、櫻井弘氏、小泉優莉菜氏)
事例報告①に登壇した石田克佳氏

 令和4(2022)年10月28日(金)、第16回公開学術講座を開催しました。
 午前は、講座に先立ち、公益財団法人ポーラ伝統文化振興財団、独立行政法人日本芸術文化振興会、当研究所で制作した映像を上映しました。
 午後の本講座では、まず開催趣旨を説明し(前原恵美無形文化財研究室長)、その後、無形の文化遺産と映像(石村智音声映像記録研究室長)、当研究所における無形文化財の映像記録(佐野真規アソシエイトフェロー)、古典芸能の保存技術(琵琶製作者・演奏家の石田克佳氏、前原)、工芸技術に関する映像記録(瀬藤貴史文化学園大学准教授、菊池理予主任研究員)についての報告を行いました。続いて座談会では、独立行政法人日本芸術文化振興会理事の櫻井弘氏および公益財団法人ポーラ伝統文化振興財団学芸員の小泉優莉菜氏より、それぞれの機関での無形文化財の映像についてご紹介いただき、その後当研究所研究員を交えて、「無形文化財の映像」の目的や手法、公開について、それぞれの機関による特徴を整理、共通理解を得ました。また、こうした各機関の特徴を相互に理解した上で、無形文化財の多角的な映像記録がアーカイブされ、可能な範囲・方法で公開されていくことにより、無形文化財が俯瞰的に記録されるとの結論に至りました。
 今後も無形文化遺産部では、無形の文化財の記録手法、活用について、さまざまな課題を共有し、議論できる場を設けていきます。なお、本講座の報告書は次年度刊行、PDF公開予定です。

津森神宮お法使祭の実施状況調査―熊本地震と無形民俗文化財の再開―

荒々しく揉まれる神輿
御仮屋前での神事の様子

 無形文化遺産部では、10月29日~30日に、熊本県上益城郡益城町・阿蘇郡西原村・菊池郡菊陽町に伝わる「津森神宮お法使祭」の実施状況調査を行いました。
 「津森神宮お法使祭」は、毎年10月30日に行われる津森神宮(益城町寺中)の祭事の一つです。益城町・西原村・菊陽町にまたがる12の地区が1年交代で当番を務め、当番となった地区は「お仮屋」を建てて、御祭神であるお法使様を1年間お祀りします。当番地区が次の地区にお法使様を渡すための巡行の途中で、御神体をのせた神輿を荒々しく揺らしたり放り投げたりする所作が行われることで有名です。
 行事を行う三町村は、平成28(2016)年4月に発生した熊本地震で甚大な被害を受けた地域です。行事の中心となる津森神宮も、大きな被害を受けました。平成28年については一部規模を縮小し「復興祈願祭」として挙行したものの、平成29(2017)年・30(2018)年は中断をしたそうです。今年の当番地区は、杉堂地区(益城町)がつとめました。地元の方にうかがったところ、いまだ地震の影響は残っており、近年、仮設住宅から新しく建て直した住居に戻ったばかりの方も、地区内にはいらっしゃるそうです。
 出発式では、益城町長ほか関係者から復興状況について報告があり、「例年とは異なるかたちで行事を行うしかなかった地区の分まで盛大に」と言葉がありました。地震発生後、一時は神輿を荒々しく扱うような所作を控えた時期もあったと言います。今年の行事では、地震以前を取り戻すかのように、威勢よく神輿が地区内を巡行し、無事、夕方には、お法使様は、来年の当番地区である瓜生迫地区(西原村)の御仮屋へと移っていきました。
 無形民俗文化財は、地域の方々の生活に密着に結び付いている文化財であるがゆえに、災害による影響が、予想できない形で現れることがあります。今回のお法使祭の例も、地元の方々の生活の復興状況が、行事の実施内容に影響を与えた可能性があります。無形文化遺産部では、引き続き、災害発生が無形民俗文化財にどのような影響を及ぼすのか、調査を進めていきたいと考えます。

無形文化財を支える用具・原材料の調査―篳篥の蘆舌と原材料

左から、上牧鵜殿、西の湖、渡良瀬川のヨシ
ヨシをヒシギ鏝でひしぐ様子
ヨシを木蝋燭きろうそくにあてて先端を小刀で削る
左から、渡良瀬川、上牧鵜殿、西の湖のヨシで作った蘆舌

 無形文化遺産部では、無形文化財を支える用具(付属品を含む楽器、装束等)やその原材料の調査・研究を進めています。
 雅楽の管楽器・篳篥ひちりき蘆舌ろぜつ(リード)の原材料は、ヨシの中でも河岸や湖沼近くで育つ陸域ヨシで、特に大阪府高槻市の淀川河川敷、上牧かんまき鵜殿うどの地区は篳篥の蘆舌に適していると言われてきました。ところが、生育状況等の様々な変化により、蘆舌に適した太いヨシが大きく減少しています。無形文化遺産部では、そもそも上牧・鵜殿地区のヨシの、どのような特性が篳篥蘆舌に適しているとされているのか、同じくヨシの産地として知られる西の湖(琵琶湖の内湖)や渡良瀬川遊水地のヨシとの比較調査を、保存科学研究センターと共同で行っています。令和4(2022)年10月13日、その一環として、篳篥奏者・中村仁美氏の協力を得て、上牧・鵜殿地区、西の湖、渡良瀬川遊水地のヨシで篳篥の蘆舌を試作し、その様子を記録撮影するとともに、聞き取り調査を行いました。すでに行ったヨシの外径、内径等の計測に加え、今後は詳細な断面観察等を行い、併せてそれぞれのヨシの特性と篳篥の蘆舌に求められる適性について研究を進める予定です。
 なお、篳篥の蘆舌製作は、適した温度に熱したヒシギごてでヨシを挟んでゆっくり潰す「ひしぎ」の工程に特徴がありますが、質の良いヒシギ鏝の不足も伝えられており、雅楽を取り巻く用具(蘆舌)、原材料(ヨシ)だけでなく製作に必要な道具(ヒシギ鏝)の入手にも課題がありそうです。
 無形文化遺産部では、引き続き、無形文化財の継承に必要な技やモノの現状や課題、解決方法について、包括的な調査研究を実施していきます。

岩窟内に建てられた木造建造物の保存環境に関する調査

岩窟の表面温度の測定
岩窟上部における水分浸透状態の測定
本殿の表面温度の測定

 保存科学研究センターでは岩窟内の木造建造物の保存環境にかかる調査研究を行っています。
 石川県小松市の那谷寺は土着の白山信仰と仏教が融合した寺院であり、重要文化財である本殿は1642年(寛永19年)に再建されたもので、自然の浸食でできた岩窟内に建てられています。岩窟内では近年実施した耐震補強工事以降、春から夏にかけての結露の発生が問題になっています。結露は木材腐朽の要因となるため、建築やそこに施された装飾をなるべく健全な状態で残すためには、発生の頻度を可能な限り減らすことが望ましいです。
 そこで結露の発生要因を明らかにし、その抑制方法を検討するための環境調査を行っています。岩窟内の環境は雨水や外気の影響や岩盤の熱容量(熱を蓄える能力)の影響を受けるため、堂内の温湿度環境の測定に加え、岩盤への水分浸透状態の測定や、岩盤や本殿の表面温度の測定を行っています。今後は継続的な環境データの測定と分析により検討を進めます。
 結露は、組積造建造物や古墳の石室など様々な現場で問題になっています。特に近年は夏季の気温と絶対湿度の上昇に伴って、発生リスク自体が上昇していることが報告されています。根本的には地球規模での環境を考える必要がありますが、まずは日常管理の中で取り組める対策を提案できればと考えています。

文化財修復処置に関するワークショップ-ナノセルロースの利用についてー開催報告

開講式集合写真
実習風景

 近年、文化財保存修復に関する調査研究対象は伝統的な文化財分野のみならず、多様な材料で作成された作品や資料へ広がっており、それに伴い、保存科学研究センター修復材料研究室では、海外の講師を招聘しての研修を開催しています。今年度は、フランスよりナノセルロースの利用について研究と実践を行うRemy Dreyfuss-Deseigne氏を招聘し令和4年(2022)10月5日より3日間のワークショップを行いました。ナノセルロース材料は天然材料に由来する透明で安全な材料であることから、特にトレーシングペーパーや写真フィルムなど透明な材料への適用が着目されています。
 定員15人に対し2倍以上のご応募があり、午前の座学へは全員ご参加いただけましたが、午後の実技のためには定員を広げつつも選考を行わざるを得なかったのですが、この研修に対する期待を強く感じられました。初日は齊藤孝正所長の挨拶と講師紹介の開講式から開始され、午前の座学と午後の実技実習を行いつつ、また、最終日には東文研が保有する機器のうち研修に関連するものの見学も行いました。
 海外から講師を招聘してのワークショップは3年ぶりとなりましたが、対面での研修となったため、非常に活発な質問や討議が行われ、さらに、研修生同士の連携も強く形成されたとの声も多く、オンラインでは得られない研修効果を再認識した次第です。このような熱意の中で行われた本研修の成果は、実際の文化財修復や公文書保存に役立てられていくと考えております。

文化庁主催「令和4年度文化的景観実務研修会」他への参加

葛飾柴又の文化的景観
旧「川甚」新館での全国文化的景観地区連絡協議会の様子

 文化遺産国際協力センターは、ユネスコ世界遺産をはじめとする文化遺産の保護についての国際的な動向や情報を日本国内で共有することを目的とした「世界遺産研究協議会」を平成29(2018)年から開催しています。令和4(2022)年度は、「文化財としての『景観』を問いなおす」と題し、近年わが国でも重要性が高まってきている面的な文化財の保護を取り上げます。このような背景から、国内における景観保護の潮流を理解するため、文化庁が10月27日~29日に開催した「文化的景観実務研修会」および「全国文化的景観地区連絡協議会」に参加しました。
 二つの会は、大都市に所在する文化的景観としては国内初の選定となった葛飾柴又で開催されました。研修会では、文化的景観の魅力発信や観光まちづくりに関する二つの事例発表の後、参加者がグループに分かれて実地を歩きながら、文化的景観の情報を内外の人が共有する(その魅力を知る)ための課題について調査し、その解決にむけての発表と討議を行いました。ついで協議会では、柴又の文化的景観の特質に関する基調講演、川魚の食文化の継承に関する三つの事例報告の後、本テーマに関する登壇者による討論が行われました。
 文化的景観の意義を次世代へ繋げるには、行政機関のみならず地域住民や関係者の主体的な参画が鍵となります。今回の研修会および協議会では、日々の生活に根ざした「生きた文化財」としての文化的景観を活用する手法に焦点が当てられました。言うまでもなく、こうした活用と車の両輪のような不可分的関係にあるのが保護であり、その制度や手段です。このことを念頭に今年度の世界遺産研究協議会では、文化的景観や歴史的街区など景観的な価値をもつ世界遺産が海外でどのような法的根拠の下に保護されているのかを明らかにし、わが国の「景観」保護の将来について展望したいと考えています。

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