研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


第41回世界遺産委員会への参加

「『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺産群」に関する審議の様子
世界遺産委員会の開会式が開催されたヴァヴェル城

 第41回世界遺産委員会が、平成29(2017)年7月2日~12日にポーランドのクラクフで開催されました。本研究所も現地に職員を派遣し、世界遺産条約の履行に関する動向について情報収集を行いました。
 世界遺産一覧表への記載に関する審議では、諮問機関の勧告を覆して委員会で記載が決議される事例が目立ちました。今回、世界遺産一覧表には21件の資産が記載されましたが、このうち、諮問機関が記載にふさわしいと評価したのは、日本の「『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺産群」など13件に過ぎません。このように委員会で諮問機関の勧告が覆されるのは、諮問機関の専門家が関係締約国の提出した文書や情報の内容を十分に理解していないことに起因するとの指摘もあります。一方で、委員国が世界遺産登録のもたらす様々な利益を意識して、政治的判断を重視し、専門家の評価を軽視した結果だと指摘されることもあります。今回の世界遺産委員会の議長は、委員会での議論が政治的であると繰り返し懸念を表明しましたが、議論の傾向が大きく変わることはありませんでした。
 世界遺産条約の締約国は、自国の世界遺産を保護する責務を負っています。保護のための体制が不十分であったり、資産範囲や緩衝地帯が適切に設定されないまま、世界遺産一覧表に記載されてしまうと、こうした責務を果たすのは困難になります。世界遺産委員会の「政治化」は、世界遺産に対する各締約国の関心の高さを反映していると言えます。しかし、このような関心の高さが「贔屓の引き倒し」をもたらさないよう、各締約国は遺産保護のために必要な専門知識に基づき対応していくことが必要だと感じました。

アンコール・タネイ遺跡保存整備のための現地調査

図1 危険個所調査
図2 トレンチの発掘と確認された溝状遺構(SfMにより作成)

 東京文化財研究所では、アンコール・シエムレアプ地域保存整備機構(APSARA)によるタネイ遺跡保存整備計画策定に技術協力しています。平成29(2017)年7月16‐30日にかけて、考古発掘調査および建造物の危険個所調査を同遺跡において実施しました(図1)。
 今回の発掘調査は寺院正面である東参道の遺構確認を主目的とし、奈良文化財研究所の協力を得ながら、APSARA機構のスタッフと共同で行いました。事前に外周壁東門から東方の東バライ貯水池土手にかけての延長100m余の範囲で下草・灌木類を伐採したところ、同土手上面にラテライト造のテラス状構造物が存在することが初めて確認され、ここを起点に東門に至る参道の存在が強く推定されました。
 まず東門の東方約12mの位置に東西2m×南北10mのトレンチを設定し発掘を実施したところ(図2)、現地表下50cmで東西方向に走る溝状の遺構が確認されました。溝状遺構は幅2m程度で、溝内には無数の細かいラテライト粒(直径1cm~5mm)が充填されており、参道の可能性が考えられました。また、溝状遺構の両脇には、こぶし大ほどの砂岩礫が敷き詰められていました。
 また、この溝状遺構の続きを検出することと当初の地表面を確認することを目的に、東門に沿う形で東西2m、南北2.5mのトレンチを設定し掘り下げました。このトレンチでは、現地表下50cmのところで、砂岩礫が敷かれた面が全面に広がり、溝状遺構を確認することはできませんでした。
 東参道のさらに詳しい様相と新たに発見されたテラス状遺構の全容を把握するため、11月にも現地調査を再度行う予定です。
 一方、本遺跡はアンコールの他遺跡に比べて人手が加わっていない廃墟的景観が大きな魅力となっている一方で、これ以上の崩壊を防ぐことが来訪者の安全面からも求められています。このため、伽藍全体の構造学的リスク評価に基づいて支保工等を計画的に設置・更新することが急がれます。SfM1)写真測量技術による立面図の作成と危険個所のチェック作業を中軸線上の主要建物から順に実施することとし、手始めに2棟を対象にその作業手順の確立に努めました。この作業はAPSARA機構のスタッフが引き続き実施中です。
 周辺環境も含めた遺跡の良好な保存を図ると同時に、現地を訪れた人々がその意味と価値をより良く理解できるようにするため、学術的な解明と有効な保存整備の実現に向け、さらに協力を深めていきたいと思います。
註1 SfMとは「Structure from Motion」の略で、地形や遺跡、遺構などをデジタル・カメラで多方向から撮影し3Dモデルを作成する技術のことです。

文化財情報資料部研究会の開催―日本画家と哲学者の意外な交流

橋本雅邦《四聖像》下絵(橋本秀邦編『雅邦草稿集』所載

 橋本雅邦(1835~1908)は、狩野芳崖とともに近代日本画の革新に努めた画家として知られています。その雅邦の筆による、これまであまり紹介されることのなかった作品について、6月27日の文化財情報資料部研究会で田中純一朗氏(井原市立田中美術館)が「橋本雅邦の人物表現―東洋大学蔵《四聖像》をめぐって」と題して発表を行ないました。
 現在、東洋大学が所蔵する《四聖像》は、ソクラテス、釈迦、孔子、カントの四聖人を掛幅に描いた、雅邦の作品の中でも大変珍しい一点です。これは同大学の創始者で明治期の哲学者である井上円了(1858~1919)の依頼によるもので、画中の四聖人を古今東西の哲学の代表者とする円了の哲学観を直接的に反映しています。長らく東京・中野の哲学堂(四聖堂)で催される哲学祭で用いられていましたが、その制作時期や経緯については、まだ不明な点もあるようです。またソクラテスやカントといった、従来の日本画にはないモティーフをについて、雅邦がどのような典拠をもとに描いたのか気になるところですが、いずれにせよ明治期の日本画家と哲学者の意外な交流をうかがわせる、ユニークな作品であることは間違いないでしょう。

/

琉球絵画の光学調査

沖縄県立博物館・美術館での琉球絵画の光学調査の様子

 平成29(2017)年6月20日~23日に、沖縄県立博物館・美術館において琉球絵画の光学調査を実施致しました。調査内容は、高精細カラー画像撮影による描写方法の調査と、蛍光X線分析による彩色材料の調査です。東京文化財研究所では平成20(2008)年度以降、沖縄県内外に所在する琉球絵画の光学調査を継続的に実施し、平成29(2017)年3月には『琉球絵画 光学調査報告書』を刊行しています。今回の調査は、沖縄県立博物館・美術館および沖縄美ら島財団が所有する絵画作品10点と、沖縄県立図書館が所有する重要文化財「琉球国之図」を対象としました。
 琉球絵画の多くは第二次世界大戦の戦禍により消失してしまい、十分な研究が行われることなく現在に至っています。今後も沖縄県内外に所在する琉球絵画の光学調査を継続的に実施し、その調査結果を公開していく予定です。これらの調査によって、琉球絵画への理解が深まることが期待されます。

台湾での震災遺構保存事例の視察

921地震教育園區内の被災した光復國民中學の展示
車籠埔断層保存園區での断層露頭を用いたプロジェクションマッピング

 平成28(2016)年に起きた熊本地震の際に、田んぼに露出した断層が大きく注目されて保存の要望が出されましたが(現在は益城町指定天然記念物)、こうした断層露頭を保存して公開・活用が行われている事例としては、日本では例えば平成10(1998)年にオープンした野島断層保存館(阪神淡路大震災を引き起こした兵庫県南部地震で現れた断層を保存した博物館)がよく知られています。その翌年平成11(1999)年に台湾では集集大地震が起きましたが、特に被害の大きかった台中市の近郊には、野島断層保存館に学びそれを発展させたような博物館が建てられているため、その視察を行ってきました。921地震教育園區は、被災した中学校校舎の上に覆屋をかけてそのまま保存公開が試みられているなど、地震の怖さを伝え、また耐震や免震の有効性を説いた防災博物館としての展示が目立ちました。一方の車籠埔断層保存園區の方は、調査で確認された断層断面を覆屋内でそのまま露出展示した科学博物館であり、地震が起きるメカニズムや過去の地震の歴史が示されていました。特に、断層面に投影したプロジェクションマッピングにより、現在の地層面を見ただけではすぐには理解しにくい複雑な地層の歴史が、順を追ってヴィジュアルでわかりやすく示されているのが印象的でした。このような展示方法は、日本でも、地層の展示ばかりでなく例えば考古遺跡における遺構の説明など、様々な分野での応用性が期待されます。

「ネパールの被災文化遺産保護に関する技術的支援事業」による現地派遣(その5)

考古局での昨年度事業成果報告会
ハヌマンドカ王宮内アガンチェン寺周辺建物の実測調査

 文化庁より受託した標記事業のもと、引き続きネパール現地への派遣を実施しています。今回(5月29日〜6月27日)は、外部専門家および別予算によるアシスタントも含めて14名の派遣を行ないました。
 現地調査における中心的な作業としては、カトマンズ・ハヌマンドカ王宮内シヴァ寺周辺での発掘調査(別項にて報告)、同アガンチェン寺周辺建物の実測調査および写真記録、両寺周辺の地盤構成および地耐力確認のためのボーリング調査、ユネスコ技術職員と共同でレンガ壁試験体の強度実験なども行いました。
 このほか、ネパール考古局およびユネスコ・カトマンズ事務所等の技術スタッフ約20名を対象に昨年度の調査成果報告会を開催し、考古局長に事業報告書を贈呈しました。さらに、カトマンズ盆地内の歴史的集落を管轄する行政官らによる連携協議会を開催し、昨年11月に開催したキックオフ会議の報告書を関係者に配布すると共に今後の歴史的集落の保全と協議会の運営について議論を交わしました。なお、上記報告書(日英語版)は本研究所のウェブサイトにも掲載していますので、どうぞご参照ください。
(昨年度事業報告書http://www.tobunken.go.jp/japanese/publication/pdf/Nepal_TNRICP_2017_j.pdf
(歴史的集落保全会議報告書[英語版のみ]http://www.tobunken.go.jp/japanese/publication/pdf/Conference_%20Kathmandu_2016.pdf)

「ネパールの被災文化遺産保護に関する技術的支援事業」による現地派遣(その6)

出土した下成基壇
出土遺構の記録方法に関する意見交換

 文化庁より受託した標記事業の一環として、平成29(2017)年6月2日~22日の間、カトマンズ・ハヌマンドカ王宮内シヴァ寺周辺において発掘調査を実施しました。本調査は、ネパール考古局と東京文化財研究所の共同調査として行われました。
 シヴァ寺は17世紀建立と伝えられる平面規模5メートル四方程度の重層塔で、平成27(2015)年のネパール・ゴルカ地震によって、煉瓦積の基壇を残して上部構造が完全に倒壊しました。本調査は、上部構造の修復にあたって、基壇の基礎がその重量を支えることのできる状態であるかどうかを確認することを主な目的として実施されました。
 調査の結果、基壇の基礎は現地表から深さ約180センチメートルに達する大規模な煉瓦造構造物で、安定した状態を保っていることがわかりました。さらにその周囲の地中からは、現状では埋没している下成基壇の存在が明らかとなるなど、このシヴァ寺が当初想定されていた以上に複雑な変遷を経てきている可能性が出てきました。
 調査時には、発掘だけでなく、遺構の測量や写真撮影の方法についても、日本とネパールの専門家の間で意見交換が行われました。歴史的建造物の本格修復に向けて、学術的調査を継続するとともに、両国間での技術の共有も進めていきたいと考えています。

「壁画の応急処置に関する研修」の開催に向けた現地調査(トルコ共和国)

S.T. Theodore教会の現状
ガーズィ大学での事例発表

 文化遺産国際協力センターでは平成29(2017)年6月12日から24日にかけて、トルコ共和国にて今年の秋以降に開催を予定している「壁画の応急処置に関する研修」に向けた視察調査および関係者との打合せを行いました。今回の視察調査の主な目的は、トルコ国内の壁画保存の現状を把握することや、研修事業の一部に組み込まれる実地研修に相応しいサイトを特定することでした。黒海沿岸に位置するトラブゾンの教会群やカッパドキアのギョレメ地区周辺に点在する岩窟教会群を対象に約15箇所の壁画を調査し、研修事業の内容を充実させるうえでの貴重な情報を得ることができました。
 また、本事業を進めるうえで昨年度よりご協力をいただいているガーズィ大学芸術学部保存修復学科およびネブシェヒル保存修復センターを訪問した際には、トルコにおける壁画の保存修復に関する事例発表をしていただき、研修事業に参加する講師陣とともにその内容に関して有意義な意見交換を行うことができました。
 第1回目となる研修は10月の開催を予定しています。本事業には日ごろよりトルコの文化財保護活動に従事されている専門家の方々が参加されます。これまでの取り組みに加えて、新たな視点から捉えた文化財保護のあり方を考える良い機会にしていただけるよう研修事業を進めていきたいと思います。

呉春筆「白梅図屛風」の史的位置―文化財情報資料部研究会の開催

研究会の様子

 平成29(2017)年5月30日、文化財情報資料部では、安永拓世(当部研究員)により、「呉春筆「白梅図屛風」(逸翁美術館蔵)の史的位置」と題した研究発表がおこなわれました。
 呉春(1752~1811)は、与謝蕪村の弟子として活躍した後、円山応挙の画風を継承し、四条派と呼ばれる画派を築いた画家として知られています。彼の代表作である「白梅図屛風」(逸翁美術館蔵、重要文化財)は、浅葱色に先染めした粗い裂を貼った六曲一双屛風の上に、わずかな土坡と、枝を広げる三株の白梅を描いた、幻想的な作品です。この屛風は、梅の枝を描く付立技法や、署名の書風から、天明7(1787)年から寛政年間(1789~1801)初年ごろの制作と想定され、呉春が蕪村風から応挙風に画風を変化させた時期の作例にあたります。
 安永は、「白梅図屛風」の表現と素材を詳細に分析することで、まず、梅という主題における応挙画風の摂取の問題を解明し、そのうえで、浅葱色に先染めした異例の背地表現には、蕪村画学習に基づく南蘋画風や中国絵画からの影響が看取されることを指摘しました。さらに、葛布とみられるかなり特殊な基底材の使用に関しては、呉春以外の葛布を用いたとみられる作例との比較を通して、「白梅図屛風」の基底材の推定をおこなうとともに、こうした葛布の使用が、呉春の池田における文人交流と関連する可能性を示しました。発表後は、特殊な基底材の使用について質問が集中し、その同定の可能性などについて活発な議論が交わされました。

鵜飼舟造船の記録作成

ダグラス・ブルックス氏(左)と那須清一氏(右)
建造途中の鵜飼舟

 岐阜県の長良川で行われている鵜飼は、今では岐阜県を代表する観光資源のひとつとして有名ですが、宮内庁の御料場で行われる「御料鵜飼」では獲れた鮎を皇室に献上する重要な役割を持っており、さらにはその技術が国の重要無形民俗文化財に指定されるなど、歴史的・文化的にも重要な意味を持っています。その鵜飼い技術を支える重要な要素のひとつに、鵜匠が乗る「鵜飼舟」がありますが、現在、この船をつくることのできる船大工は2人しかおらず、技術伝承があやぶまれています。
 そうした中、アメリカ人の和船研究者・船大工で、これまで佐渡のたらい舟や沖縄のサバニなどを製作した経験を持つダグラス・ブルックス氏が、船大工の一人である那須清一氏(85歳)に弟子入りし、一艘の鵜飼舟を製作するというプロジェクトが立ち上がりました。このプロジェクトに、製作場所を提供する岐阜県立森林文化アカデミーと共に、本研究所も参加し、映像による記録作成を担当することとなりました。
 鵜飼舟の製作は5月22日より始まり、2ヶ月ほどかけて製作される予定です。鵜飼舟は他の一般的な木造船に比べても、とりわけ軽快さと優美さが要求され、そのための造船技術も高度な技が求められるといいます。その技をくまなく記録し、後世への技術伝承に役立てようというのが今回のプロジェクトの大きな目標です。
 存続の危機に瀕する日本の伝統的な技術を、外国人が学んで習得するというのは、ある意味で逆説的な状況といえます。しかしながらこうした機会を活用し、無形の技の記録をおこなうこともまた、文化財の保護を使命とした本研究所の果たすべき役割のひとつと考えています。

厳島神社大鳥居における修復後の現地調査

大鳥居修復から半年後の現地調査

 保存科学研究センターでは、文化財の修復材料に関する調査研究を行っています。
 厳島神社においても、大鳥居の修復材料について調査研究を継続しています。厳島神社大鳥居は海上に位置するために、苛酷な温湿度環境、風雨や塩類の影響を受けるほか、潮の満ち引きもあり、耐侯性や施工に要する時間を考慮した修復材料の選定が必要となります。
 これらを踏まえ、2010年度~2016年度における研究調査では、充填材や表面仕上げ材の検討を行いました。昨年度は大鳥居の袖柱の1本に対して部分施工をし、約半年経った5月25日には、施工箇所の調査を行い、異状がないか確認をしました。
 今後は経過観察を行いつつ、未施工の柱の修復計画に協力していきます。

津波被災紙資料から発生する臭気の発生原因調査

設置した機器類の様子

 岩手県立博物館と共同で、陸前高田市で津波被災した紙資料の安定化処置方法の検証を進めています。岩手県では2011年の津波で多数の資料が被災し、すでに約9万点の紙資料の安定化処置を進めてきましたが、いまだ終了時期が見通せない状況にあります。昨年度までの共同研究で発生原因がほぼ推定できたことから今年度は、すでに安定化処置した試料からの臭気の除去方法の確立、また臭気がどのような条件で発生するのか安定化処置を記録し改善を検討する計画に取り組んでいます。5月17日に岩手県立博物館を訪問し、共同研究者の赤沼英男氏とともに、今年度計画の打ち合わせや水温や酸素濃度を監視する機器のテスト設置、修復施設内の温湿度や施設内の温度伝達を明らかにするための表面温度測定機器の設置を、岩手県立博物館に隣接している陸前高田市博物館被災文化財等保存修復施設で行いました。6月、7月には、各1週間程度の共同調査を行います。

「ミャンマーにおける考古・建築遺産の調査・保護に関する技術移転を目的とした拠点交流事業」(建築分野)による現地派遣(その1)-材料試験および構造挙動モニタリング調査の実施

採取した煉瓦試料の加工作業
変形測定のためのターゲット設置作業

 2016年8月24日に発生したチャウ(Chauk)地震(M6.8)により、ミャンマーのバガン遺跡群では主に11~13世紀に建てられた煉瓦造建造物に甚大な被害が生じました。東京文化財研究所では同年9月と10~11月の2次にわたり、歴史的建造物の保存・修復に係る様々な分野の専門家8名を現地に急派して文化遺産の被災状況を把握するとともに破損の要因とメカニズムについて考察し、その結果を2017年3月に「ミャンマー・バガン遺跡群における地震被害に関する調査」事業報告書として刊行しました。
 今年度は、引き続き、被災した文化遺産建造物に対する適切な保存・修復対策を検討すると同時に現地当局が目下実施中の修復事業の質的向上に向けた情報提供や技術的助言を行うことを目的として、文化庁委託「文化遺産国際協力拠点交流事業」による標記支援事業(奈良文化財研究所からの再委託)を実施しています。その第一回目の現地調査として、2017年5月17日から25日にかけて3名の専門家を派遣し、材料組成や力学的強度等に関する実験を行うための煉瓦試料を採取したほか、構造挙動モニタリング調査を開始しました。
 煉瓦の試料は、建物の種別や建築年代、使用部位、材寸等を考慮しつつ6棟の被災建造物から破損した部材片計24点を採取し、現地で試験体の形状に加工しました。同時にミャンマー国内での材料試験の実施に向けてMyanmar Engineering Society(MES)関係者との協議及び実験施設見学を行いました。
 一方、構造挙動モニタリングに関しては、前年度調査で明らかにした典型的な亀裂と変形のパターンがみられる3棟の建造物(祠堂2棟、仏塔1基)を対象に、クラックゲージや変形の測点となるターゲットを設置し、初期値を計測しました。今後、破損や変形の進行を継続的に把握することで、危険度の判定はもとより、文化遺産建造物の保存・修復に向けた維持管理計画の策定に有益なデータの蓄積が期待されます。

/

4月施設見学

実演記録室で説明を受けるサウジアラビア人専門家の方々

サウジアラビア人専門家 6名
 日本を代表する各種機関を視察したいと来訪。無形文化遺産部長による業務内容の説明を受けました。

/

東京国立博物館との平安仏画共同研究

千手観音像のカラー高精細画像撮影

 文化財情報資料部では、東京国立博物館とともに、東博所蔵の平安仏画の共同調査を継続して行ってきました。毎年1作品ごとに東京文化財研究所の持つ高精細のデジタル画像技術で撮影し、細部の技法を知ることのできるデータを集積してきましたが、本年度より「仏教美術等の光学的調査による共同研究」として覚書を交わし、これまでのカラー高精細デジタル画像に加え、近赤外線画像、蛍光画像、顔料の蛍光X線分析、透過X線画像による多角的調査な光学手法を用いた共同研究をあらためて発足することになりました。これらデータからは、目視では気づかれることのなかった意外な技法を多角的に認識することができ、それらが平安仏画の高度な絵画的表現性といかに関連しているかを両機関の研究員が共同で探ってゆきます。2017年4月27日には、国宝・孔雀明王像と同・千手観音像の全画面のカラー分割撮影を行いました。得られた画像データは東京国立博物館の研究員と共有し、今後その美術史的意義について検討し、将来の公開に向けて準備を進めてまいります。

文化財情報資料部研究会の開催―「おいしい生活」第三次産業への転換期の日本の文化を考察する

日本万国博覧会(大阪、1970年)の会場風景

 「おいしい生活」は、1982年に西武百貨店が打ち出したキャンペーン広告のコピーです。物質的な豊かさを求める高度成長期が終わりを告げ、このコピーが謳うような個性的なライフスタイルを築こうとする時代に、アーティストはどのように呼応したのか――4月25日に行なわれた文化財情報資料部研究会での、山村みどり氏(日本学術振興会特別研究員)による発表「「おいしい生活」第三次産業への転換期の日本の文化を考察する」は、そんな1980年代の社会と文化の淵源を探ろうとする試みでした。
 山村氏によれば、80年代末から90年代にかけて登場したアーティストにとって、1970年に大阪で開催された日本万国博覧会は大きな影響を及ぼしたといいます。多くの日本人を熱狂させた万博には、当時の美術家もパビリオンの設計や展示に参画したものの、一方で情報産業や都市化を受け入れた姿勢に批判的だった現代美術家は、一般大衆との乖離を深めていくことにもなりました。しかしながら、より若い世代のアーティストはむしろ都市での日常的な生活感覚に寄り添った制作活動を展開していきます。70年代から80年代にかけて西武百貨店を中核とする流通系のセゾングループが、時代の先端を行く美術、音楽、演劇、映画を発信する文化戦略を打ち出した、いわゆる“セゾン文化”は、そうしたしなやかなアーティストの感性を育む役割を果たしたといえるでしょう。
 研究会には埼玉県立近代美術館の前山祐司氏も出席し、70年代~80年代の文化状況についてご発言いただきました。参加者の多くが同時代を体験していることもあり、専門の枠をこえて熱のこもった意見が交わされました。なお今回の発表内容は、REAKTION BOOKSから出版される『Japanese Contemporary Art After 1989』の第一章としてまとめられる予定です。

/

『無形文化遺産と防災―リスクマネジメントと復興サポート』の刊行

無形文化遺産と防災―リスクマネジメントと復興サポート

 2016年12月9日に開催された第11回無形民俗文化財研究協議会の報告書が3月末に刊行されました。本年のテーマは「無形文化遺産と防災―リスクマネジメントと復興サポート」です。近年多発する災害から無形文化遺産を守るためにどのような備えが有効なのか、また被災後にどのようなサポートができるのかについて、課題や取り組みを共有し、協議を行ないました。
 無形文化遺産は、たとえ災害がなくとも常に消滅の危機に晒されています。こうした防災への取り組みが、少子高齢化や過疎化、生活の現代化などによる日常的な消滅・衰退のリスクに備えることにも繋がるのではないかと期待されます。
 PDF版は無形文化遺産部のホームページからもダウンロードできますのでぜひご活用ください。

『選定保存技術資料集―A Guidebook for selected Conservation Techniques―』の刊行

 東京文化財研究所では平成26年度より選定保存技術に関する調査研究を進めてきました。そして平成28年度にはその成果として『選定保存技術資料集―A Guidebook for selected Conservation Techniques―』を刊行いたしました。
 選定保存技術とは、文化財を保存するために欠くことのできない伝統的な技術・技能のうち、保存の措置を講ずる必要があるとして国により選定されたもののことです。そこには、歴史的建造物を修理するための技術である「建造物修理」、仏像などの木彫像を修理するための技術である「木造彫刻修理」、重要無形文化財でありユネスコ無形文化遺産でもある「小千谷縮・越後上布」の原材料である苧麻を生産する技術である「からむし(苧麻)生産・苧引き」などが含まれます。
 こうした技術は広義の無形の文化遺産と言うことができますが、「重要無形文化財」や「重要無形民俗文化財」、あるいは「ユネスコ無形文化遺産」などに比べると、こうした技術は一般的にほとんど知られておらず、また多くの技術は、技術の継承などに課題を抱えています。また海外においても、こうした文化財を保存するための技術を国の制度で保護するという考え方は、まだまだ広く知られていません。
 そこで本書では、平成28年度現在、これまで選定保存技術に選定された技術についての概要を収録し、さらにその技術の保持者・保存団体の情報についても収録しました。さらに選定保存技術を国内外に広く知ってもらうために、日本語・英語の併記という形式をとりました。
 本書が国内外において、文化財の保存技術を守るために活用されることを願っています。なお本書は無形文化遺産部のウェブサイトにてPDF版公開を予定しています。

/

『日韓無形文化遺産研究Ⅱ』の刊行

 東京文化財研究所無形文化遺産部は2008年より大韓民国国立文化財研究所無形遺産研究室と研究交流をおこなっています。2013年に国立文化財研究所無形遺産研究室は国立無形遺産院へと組織改変されましたが、研究交流はそのまま継続され、2016年からは第3次研究交流が開始されました。本書は2011年から2015年までの第2次研究交流の成果をまとめた報告書で、以下の7編の研究論文が収録されています。

  • 「韓国の仏教儀礼に関する覚え書」(高桑いづみ)
  • 「日本における無形文化財芸能種目の伝承現状と伝授教育の実態―狂言と神楽を中心に―」(李明珍)
  • 「染織技術保護における原材料と用具」(菊池理予)
  • 「日本の無形文化財保護制度の実際と運用―今後の政策研究における成果導出のための研究課題模索を中心に―」(方劭蓮)
  • 「無形の民俗文化財としての「民俗技術」とその保護」(今石みぎわ)
  • 「日本の無形文化財における選定保存技術の研究―カラムシ生産技術の事例を中心に―」(李釵源)
  • 「小正月・テボルムをめぐるいくつかの問題―無形民俗文化財の指定に関わる問題提起として―」(久保田裕道)

 それぞれの論文は日本語・韓国語で併記され、日本・韓国の両国の読者がこの研究成果を共有できるようにしています。
 日本と韓国では、無形文化遺産の内容やその保護制度において多くの共通性がみとめられますが、その研究や保護へのアプローチには異なる面もみとめられます。両国それぞれの課題を互いに比較することで、それぞれ自国の文化遺産をさらに深く知ることができるようになると思います。本書が両国の無形文化遺産に関わる多くの人々に活用されることを願っています。なお本書は無形文化遺産部のウェブサイトにてPDF版公開を予定しています。

/

『琉球絵画 光学調査報告書』の刊行

『琉球絵画 光学調査報告書』表紙

 東京文化財研究所では、平成29年3月に『琉球絵画 光学調査報告書』を刊行しました。琉球絵画という呼称は美術史学の中で確立されたものではありませんが、琉球王朝時代に琉球の地で描かれた絵画のことを指しています。中国や日本の絵画の影響を大きく受けつつ、これらの絵画とは異なった枠組みが必要であるとの観点から付けられた呼称です。琉球絵画の多くは第二次世界大戦の戦禍により消失してしまい、十分な研究が行われることなく現在に至っています。
 東京文化財研究所では平成20年度以降、沖縄県内外に所在する琉球絵画作品の光学調査を実施してきました。本報告書では、沖縄県立博物館・美術館と沖縄美ら島財団所蔵作品の中から、11作品について高精細カラー画像と蛍光X線分析による彩色材料調査結果を掲載しました。琉球絵画に関する光学調査が実施されたのは初めてのことであり、その調査結果を公開することは、琉球絵画への理解を深めるうえで大いに役立つものであると考えています。本報告書が、琉球の絵画史のみならず、日本の絵画史・美術史等の研究に広く活用されることを願っています。本報告書は、全国の都道府県立図書館等で閲覧可能です。

to page top