研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『東文研ニュース』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


国宝「彦根屏風」調査報告書編集

 彦根藩主井伊家に伝わったことから「彦根屏風」と称されてきた「風俗図」は、物語性を感じさせる構図、人物や調度に見られる精緻な描写など見どころの多い作品ですが、作者や制作背景には不明な点も多く、「屏風」と言われながら、各扇にあたる6枚が分離して伝存してきたことにも様々な解釈が寄せられてきました。平成18年度から2ヶ年の予定で、文化庁および滋賀県の補助事業としてこの作品の修理が行われるため、これを機会に彦根城博物館と当所ではこの作品の共同調査研究を行い、高精細デジタル画像、赤外線や可視域内励起蛍光画像を撮影するとともに、蛍光X線分析を行いました。現在、その成果をまとめた報告書を編集中で、9月28日から10月26日まで彦根城博物館で行われる「よみがえった国宝・彦根屏風と湖東焼の精華」展にあわせての刊行を目指しています。同展では高精細画像の展示やシンポジウムも行われ、修復後の作品とともに、修理の過程や調査によって明らかになった点が公開される予定です。

矢代幸雄のアジア美術観に関する研究

1940年に行われた矢代幸雄一行による中国視察旅行の折に撮影された写真から。当時北京市内にあった楼門には、「仁丹」の広告があったことがわかる。
美術研究所創設当初の矢代幸雄(右側)と所員であった尾高鮮之助。尾高は、矢代からの助言により東アジア美術研究を志して、30年代はじめにアジア各地を実地に調査した。(『亡き鮮之助を偲ぶ』より)

 5月25日から27日までの3日間、九州大学、九州国立博物館、筑紫女学園大学において第60回美術史学会全国大会が開催されました。初日(会場:九州大学50周年記念講堂)に、わたしは「アジアのモダニズムの一側面―『仁丹』広告がつたえること」と題して発表しました。
 題名にあげた「仁丹」とは、もとより商標であり、現在も商品として販売されています。(当初は「万能の懐中薬」として、1920年代からは「口中芳香剤」として、現在は医薬部外品として販売されています。)1905年の発売当初から大礼服姿に髭を蓄えた紳士の胸に記された「仁丹」の広告イメージは、トレードマークとして新聞、看板等の宣伝メディアをつうじて、「全国津々浦々の薬店」まで浸透していったとされます。しかも当時から日本国内だけではなく、同じ漢字文化圏である中国大陸への販路拡大をめざしており、その結果、第二次世界大戦終了までにはアジア各地に支店等を設け、各地域で国内に劣らないほどの宣伝活動をしていました。そこで本発表では、日本から発信された視覚イメージとしての「仁丹」広告をとおして、それをどのように見せようとし、一方でどのように見られていたのかということをひとつの側面として視野にいれつつ、1910年代から30年代の「美術」(「美術史」研究、美術行政を含む)における問題を、「アジアのモダニズム」という視点から発表しました。
 とくに発表では、当研究所の前身である「美術研究所」の創設期の所長であった矢代幸雄、また早世した所員尾高鮮之助(1901-33)たちが構想したアジア美術研究と各地における調査活動に焦点をあてました。というのは、そこで写された写真のなかには、すでに「仁丹」広告がみえることから、戦前期における日本の経済活動と人文研究の重なりのなかに日本人が抱いた当時の「アジア」観を検証しました。この発表のためには、今年度刊行が予定されている『東京文化財研究所七十五年史』、またアジア仏教美術研究者として再評価がすすむ尾高鮮之助に関する調査研究の蓄積を少なからず参照しました。この点からも、今回は単なる個人研究というものではなく、当研究所の「美術史」研究のひとつの現況を報告する内容でもありました。

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特別陳列 海外の日本美術品の修復の開催と平成19年度の修復計画

並べられた平成18年度の修理作品
修理過程を図示・解説したパネル

 東京文化財研究所では、海外の美術館・博物館が所蔵する日本美術品の保存修復に協力するとともに、対象作品を所蔵館との共同で保存修復に関する研究を行っています。平成18年3月末に修復が完了した絵画5件『源平合戦図屏風』(6曲1双、オーストリア応用美術博物館)、『洛中洛外図屏風』(6曲1双、カナダ、ロイヤル・オンタリオ美術館)、『保元物語図屏風』(6曲1隻、チェコ、ナープルステク博物館)、『明皇蝶幸図屏風』(4曲1隻、チェコ、プラハ国立美術館)、『見立反魂香図』(歌川豊春筆、1幅、同)、工芸品1件『山水人物蒔絵箪笥』(1基、スペイン国立装飾美術館)について、4月20日に開催された在外日本古美術品保存修復協力事業運営委員会でのお披露目を経て、その事業活動を広く知っていただくために5月15日から27日まで東京国立博物館平成館1階企画展示室において特別陳列を開催いたしました。
 平成19年度は絵画5件(うち、新規4件『日吉山王祭礼図屏風』〈6曲1双、アメリカ、ヒューストン美術館〉、『多武峯維摩会本尊図』〈1幅、アメリカ、キンベル美術館〉、『釈迦十六善神像』〈1幅、オーストラリア国立美術館〉、『花鳥図屏風』〈6曲1双、オーストラリア、ビクトリア国立美術館〉、昨年度よりの継続1件『阿弥陀三尊来迎図』〈1面、スイス、リートベルク美術館〉)と工芸4件(うち、新規2件『源氏九曜紋蒔絵箔箱〈1合、ハンガリー、ホップ・フレンツエ美術館〉、『楼閣山水蒔絵箱』〈1合、オーストリア応用美術博物館〉、昨年度よりの継続2件『花卉螺鈿ライティングビューロー』〈1基、ポーランド、クラコフ国立博物館〉、『楼閣山水螺鈿箪笥』〈1基、イタリア、キヨッソーネ東洋美術館〉)を日本において、また、ドイツ・ケルン東洋美術館に開設している海外修復工房において工芸2件(新規1件『花円文虫蒔絵阮咸』〈1面、オーストリア、ウィーン国立民族学博物館〉昨年度からの継続1件『花樹鳥獣蒔絵螺鈿洋櫃』〈1基、ドイツ、ケルン東洋美術館〉)を対象作品として、保存修復事業を進めています。

伝統楽器情報検索、開始しました

伝統楽器情報データベース一覧表示画面

 『東文研ニュース』No.25の記事でご紹介した『伝統楽器・所在データベース』(芸能部編刊 平成18年3月)に基づく「伝統楽器」検索が、本格的にご利用いただけるようになりました。元になったデータベースは、平成13年より全国の博物館及び都道府県市町村の教育委員会に依頼して行った伝統楽器のアンケート調査のうち、教育委員会からの集計結果とホームページより入手した情報が中心になっています。検索項目は、楽器分類、楽器名、指定、都道府県名の4項目で、分類はザックス・ホルンボステル法に基づき、弦鳴楽器・気鳴楽器・体鳴楽器・膜鳴楽器・出土楽器となっています。楽器名は「鼓」「鐘」「笛」など名称の一部でも検索可能ですし、指定は、国・都・道・府・県・市・区・町・村の9種で検索できます。ただし、情報を得た時点のデータに従っているため、データ入手後市町村合併が行われた場合の変更は反映していません。伝統楽器の所在確認に役立つよう、データは随時追加を行っていく予定です。

『独々涅烏斯草木譜』原本の科学的調査

「原本」表紙布の拡大像観察を行っている様子

 『独々涅烏斯(ドドネウス)草木譜』原本(以下、「原本」と記す)はベルギーの博物学者ドドネウス(Rembertus Dodonaeus、1517-1585)の著作である、植物の性質や薬効などに関し、図版を伴って詳細に記した本草書”Cruydt-Boeck”(草木譜)のオランダ語版第2版(1618年刊行)が江戸時代、国内に輸入されたものです。この”Cruydt-Boeck”の抄訳をもとに、徳川吉宗の命を受けた野呂元丈らが寛保元年(1741年)から寛延3年(1750年)にかけて「阿蘭陀本草和解(おらんだほんそうわげ)」を記したことが知られています。さらに、松平定信の命によって、石井当光、吉田正恭らが全訳にとりかかり、文政6年(1823年)ごろ、ほぼ完成したとされています。
 「原本」は複数冊輸入されていますが、そのうち早稲田大学図書館が所蔵しているものは、輸入後7冊に分冊されたのち再製本されたもので、第1分冊の修復作業が埼玉県寄居町にある修復工房“アトリエ・ド・クレ”(岡本幸治代表)で進められています。修復の過程で、岡本氏の調査により、「原本」の製本スタイルが高度な洋式であること、また国内で最も古く洋式製本された書物のひとつである可能性が出てきました。そこで岡本氏の依頼を受けた東京文化財研究所では、製本時期を絞り込むための情報を得る目的で、製本や装丁材料の科学的分析を他の機関とも協力して着手することになりました。これまでに、加藤雅人研究員(保存修復科学センター)による透過画像分析により、見返しの紙が18世紀後半にフランスで出版された書物に用いられたものであること、京都工芸繊維大学の佐々木良子氏による赤外全反射吸収スペクトル法を用いた分析により、綴じ糸には国産の大麻が使われている可能性が高いことが判明しました。また、吉田による可視反射スペクトル分析により、ジューイ更紗と考えられている表紙布のプリントにはインディゴ系染料が使われていることも明らかになりました。「原本」は傷みが激しいため、各材料の分析は極めて慎重に行っています。そのため、上記目的を達する結果を得るにはまだまだ時間がかかりますが、それぞれの材料に対する最適な分析手法を選びながら、少しずつでもこの「原本」の来歴を明らかにする作業を続けたいと考えています。

国宝高松塚古墳壁画の保存(絵画修理を中心に)

解体後、仮設修理施設に運び込まれ、修理を待つ壁画

 高松塚古墳壁画の保存に関しては、平成17年に微生物対策の観点などから石室を一旦解体して取り出して修理することが決定され、その後、石室の解体や石の移動方法、壁画や石の処置法、修理施設など様々な方面の検討を重ねてきました。そして、本年4月からは石室の解体、石の修理施設への移動、絵画の修理が始まりました。東京文化財研究所は、特に、環境制御、生物対策、絵画修理という点を中心に、この高松塚古墳壁画保存のプロジェクトに寄与していますが、ここでは絵画に対して行われる処置について報告します。
 石を古墳から修理施設に移動する際の絵画への様々な影響を十分に検討しました。
 絵画面に対しては、念には念を入れて、セルロース誘導体を用いて強化したり、特殊な紙を使用して表面を保護します。修理施設に運びこまれた石は、まず前室で、石の表面に付着した汚れをクリーニングします。修理施設内の環境はカビにとっては生育しやすい条件ではありませんが、クリーニングの際には、エタノールを用いた消毒もあわせて行います。クリーニングが終了した石は修理室内の所定の位置に移動されます。絵画の修理としては、石が修理室に運び込まれてからが主な作業になりますが、現在のところ、保護がある部分はそれを慎重に除去し、絵画表面の観察を行い、絵画面のクリーニングや修理の方法を検討しているところです。
 5月31日現在、7枚の石が修理施設に運び込まれ、本格的な絵画修理が始まるのを待っています。

敦煌壁画に関する共同研究と研修者派遣

莫高窟第285窟での撮影調査

 第5期「敦煌壁画の保護に関する共同研究」は2年目を迎え、5月8日から3週間の日程で敦煌莫高窟にメンバーを派遣して、今年度前半の合同調査を実施しました。調査は、昨年度からの継続で、西暦538、539年の紀年銘を持ち、仏教のみならず中国の伝統的題材に彩られることで重要視されている第285窟での、光学的方法による撮影、顕微鏡や分光反射率測定などによる分析的研究を行いました。また、名古屋大学と共同の放射性炭素年代測定による石窟の年代同定研究のために、第285窟のほか莫高窟最初期窟とされる第268、272、275窟の壁体からサンプルの追加採取を実施したほか、夏に予定されている本年度後半の合同調査、および秋以降の敦煌研究院来日研修者との共同研究に向けて、各種の準備を行いました。いっぽう、この調査チームとともに3名の大学院博士課程で学ぶ学生が莫高窟に行きました。彼らは、昨年度から実施している「敦煌派遣研修員」として、公募により選抜されました。保存科学、絵画修復、文化遺産管理とそれぞれに異なる専門領域からの参加で、9月中旬までの4ヶ月間、敦煌研究院保護研究所の専門家の指導を受けて、壁画保護のための多岐にわたる内容の研修を受けます。この研修は今後さらに3年間を予定しており、壁画の保存修復を直接学ぶ機会のほとんどない日本の若手専門家が、将来にわたり国内外で活躍するための大きな門戸を開くものとなります。

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「活動報告」をホームページへ掲載

 東京文化財研究所では今年度から「活動報告」を毎月、ホームページに掲載することといたしました。「活動報告」では研究所全体、あるいは各部・センターのさまざまな活動を素早く伝えることを目指しています。例えば3月25日、能登半島地震の発生から1ヶ月も経たないうちに行った被災文化財調査や高松塚古墳壁画の保存に向けたさまざまな取り組みなどの記事を研究者の眼から報告していきます。

東京文化財研究所の特集が『日本の美術』から刊行

『日本の美術 No.492 文化財と科学技術 東京文化財研究所のしごと』

 『日本の美術 No.492 文化財と科学技術 東京文化財研究所のしごと』(2007年、至文堂、定価1,650円税込み)が出版されました。本書は、科学技術を活用した実践的な調査・研究の事例をあげながら、作品の科学的調査、保存環境と劣化、修復材料・技術の評価と改良、開発、近代遺産の保存修復、国際的な文化財保存協力と科学技術、無形の文化財・記録の手法と技術を解説しています。『日本の美術』はお近くの書店でお求めいただけます。

所蔵和雑誌情報の公開と、閲覧方法の改善

マイクロフィルム・エクスプローラー

 当研究所は美術雑誌を数多く所蔵しており、その目録を刊行物としては公にしておりましたが、 4月より「研究資料データベース検索システム」に所蔵和雑誌の情報を加えて、ウェブ上で公開し、検索に供しております。当所の蔵書は、明治から昭和前期にかけて刊行された美術雑誌が多数含まれる点を特色のひとつとしています。これらの雑誌は、用いられている紙、印刷技術などにも各時代の歴史的情報を読み込むことができる貴重な資料です。多くの文化財がそうであるように、こうした資料も、一方で保存を、他方で活用を考えていかなくてはなりません。当所では、これらの美術雑誌を保存するため、劣化の度合いと使用頻度等に鑑みて、資料のマイクロフィルム化・CD-ROM化を進め、一般的な利用に関しては、これら複製を皆様に提供し、原本は貴重書扱いとして特別な申請に対して対応しております。
 4月からの所蔵情報のウェブ上での公開にあわせて、より広くご利用いただけるよう、資料閲覧室ではマイクロフィルム・エクスプローラーを設置いたしました。この機器はパソコンのモニター上でマイクロフィルムが閲覧でき、プリントアウトも可能です。従来のマイクロフィルムリーダープリンターとあわせて、ご利用いただければ幸いです。

東京国立博物館における「黒田記念館 黒田清輝の作品Ⅰ」展示

黒田記念館 黒田清輝の作品Ⅰ

 今年度 4月、文化財研究所と国立博物館の両独立行政法人は、統合して独立行政法人国立文化財機構になりました。これにともない黒田記念館所蔵の作品を、平成館1階企画展示室にて展示しました。内容は、洋画家黒田清輝の代表作であり、もっともひろく親しまれている「湖畔」(国指定重要文化財)をはじめ、フランス留学時代から晩年までの作品(油彩画14点素描8点)によって構成しました。これによってリベラルな思想に裏づけられた、外光と色彩を意識した新しい視覚表現によって、明治中期の日本の洋画界に変革をもたらした黒田清輝の芸術のエッセンスを紹介しました。(会期:4月10日から5月6日まで)。会期中、同博物館では「レオナルド・ダ・ヴィンチ―天才の実像」展開催と重なったため来館者も記録的に多いなか、そうした方々にも黒田作品をも鑑賞していただくことができ、作品公開の機会拡大となりました。一方黒田記念館では、これまで同様に毎週木、土曜日に公開を継続し、あわせて画家、及び作品等の研究成果を一般の方々に見ていただくようにつとめていきます。なお、今年度における第2回の同博物館での公開は、11月6日から12月2日までを予定しています。

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ユネスコ「無形文化遺産保護条約に関する専門家会議」

無形文化遺産 「クッティヤッタム」

 去る 4月2日から3日間、ユネスコ・インド政府主催による上記会議が、各国 29名の無形文化遺産専門家の参加により、インドのニューデリーで開催されました。当研究所からは、無形文化遺産部の宮田が参加しました。
 この会議は、 5月の第1回臨時政府間委員会(中国、成都)及び9月の第2回政府間委員会(日本、東京)に向けた重要な会議として位置づけられるものです。討議は、条約の中心となる無形文化遺産の「代表リスト」と「危機リスト」に関して、その関係性やそれぞれの登録基準等をテーマに行われ、そこでの専門家の意見をユネスコ事務局が今後の作業指針原案作りに活かしていくことが目的とされました。しかし、参加した専門家間で、「代表性」や「緊急の保護」といった共通概念が十分でなかったため、やや抽象的議論に終始した感が否めず、結局の所会議としての勧告等の採択には至らずに終了しました。
 このように当初の目的からは必ずしも成功とはいえない会議でしたが、様々な文化プログラムなど、ホスト国のインドが示した無形文化遺産保護への意欲は並々ならぬものがありました。今後無形文化遺産部としても、インドとの交流を図っていく必要性を強く感じました。

高松塚古墳石室解体時の断熱覆屋内の空調制御

断熱覆屋内の空調制御装置の外観

 石室の解体修理のため、墳丘部の発掘が進み、石室が外気に接しますと石室内の温湿度は、外気の温湿度変化の影響を受けて大きく変化することが予想されます。そのため、石室内の温湿度を一定に保つために内部断熱覆屋を墳丘部に設置し、内部の空調を行いました。カビは一般に暖かくなるほど発育が盛んになりますので、墳丘部を冷却管により冷やした温度と同じ 10℃になるよう温度を設定しました。また、湿度に関しては、90%を目標に制御をしました。
 湿度制御は、スクラバーと呼ばれる水を噴霧している容器内に空気を通すことにより加湿し、ファンコイルと呼ばれる熱交換器部分の温度を調整して湿度の制御を行いました。 10℃という低温では、わずかな温度変化で、相対湿度が大きく変わってしまうため、断熱覆屋内の温湿度の測定値をコンピューターに入力し、フィードバック制御を行いました。内部断熱覆屋内の空調制御に関しましては、京都大学の鉾井修一教授らのご協力を頂き、当初の目的通りの制御を行うことができました。

2007年能登半島地震における被災文化財調査

能登半島地震で被災した門前町の角海家住宅と土蔵(石川県指定有形文化財)

 2007年3月25日午前9時42分、能登半島にてM6.9、最大震度6強の地震(平成19年(2007年)能登半島地震)が発生しました。その結果、震源近くでは家屋の全半壊、ライフラインの寸断など大規模な被害をもたらしました。文化財も例外ではなく、石川県内で21件の文化財被害が報告されています(石川県教育委員会調べ、2007年4月4日)。  今回、保存修復科学センターでは、能登半島地震における文化財被害について、被害状況や被害要因を早急に把握し、応急措置や将来の修復計画に関する助言を行うことを目的に現地調査を行いました。調査期間は2007年4月16日(月)から18日(水)まで、輪島市内の文化財展示施設、文化財建造物を対象に行いました。
 ある文化財展示施設については、漆芸品パネルの吊り展示を行っていましたが、吊り金具の破損による落下被害状況を目の当たりにしました。また、震源地近くに位置する門前町黒島地区では、母屋や土蔵がほぼ全壊という状況のなか、資料館の収蔵庫が焼失するという二次被害の現場を実見することとなりました。
 阪神・淡路大震災以後、文化財の防災について様々な調査研究、政策が採られましたが、今回の調査地のように、その情報が全国に行き渡っていない現状があります。東京文化財研究所では今後、文化財の防災に関する研究を推し進めてゆくとともに、積極的な情報公開により、文化財防災についてより多くの方に知って頂くよう努力してゆく所存です。

シルクロード沿線人材育成プログラム

屋外での授業

 中国文物研究所と共同で実施する「シルクロード沿線文化財保存修復人材育成プログラム」は 2年目を迎えました。今年は、春からの3ヶ月間、土遺跡保存修復班( 3年計画の第2年目)と考古発掘現場保存修復班を実施し、秋からの3ヶ月間で博物館館蔵品保存修復班の「紙の文化財」コースを実施する予定です。その春のコースの開講式が、張栢国家文物局副局長をはじめ担当各部門の責任者が出席する中、4月16日研修場所となる陝西省韓城市梁帯村において盛大に行われ、3ヶ月間の研修が開始されました。韓城市は、宋元明3代の建築物が遺されている歴史名城地区であり、近くには秦時代の万里の長城があり、また司馬遷の墓があるなど、文化遺産の宝庫とも言える土地ですが、2004年秋には近在の梁帯村で、西周末から東周早期と推定される墓が大量に発見されました。その大部分が未盗掘であり、しかも多くの墓から朱砂が崩落した痕跡が認められることから、それらが貴族級の被葬者のものであると推定されています。とくに、M27号墓からは大量の金器、漆鼓、石磬などが出土していて、これを含む4つの墓は当時の諸侯級のものであろうと言われています。私たちの研修コースは、陝西省文物局の全面的な支援を得て、この梁帯村で現在発掘作業が行われている大型墓を現場実習に使うことになりました。3ヶ月の期間中、日本側講師13名が参加し、中国側講師とともに指導にあたります。

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タジキスタン、アジナ・テパ仏教遺跡保護プロジェクト

日干レンガで造られた北側の壁の一部
焼けて変色したプラスターが残存する北壁

 文化遺産国際協力センターは、4月12日から5月18日にかけて、ユネスコ文化遺産保存日本信託基金による「タジキスタン、アジナ・テパ仏教遺跡保護プロジェクト」の第2次ミッションを派遣しました。
 アジナ・テパは、7世紀から8世紀に機能していた仏教寺院で、大型のストゥーパ(仏塔)や復元長12.8mという巨大な涅槃仏の塑像が出土したことで知られています。本事業の目的は、日干レンガや練り土といった土構造物で構築された仏教寺院を保存することであり、センターは、タジク人の若手考古学者と共同して、過去の発掘調査以後に堆積した土砂や雑草を除去し、仏教寺院本来の壁および床面の位置と構造を明らかにする考古学的清掃作業を行っています。
 今回の調査の結果、仏教寺院の壁が、日干レンガと練り土を併用して構築されていること、場所によっては日干レンガのみで作られた壁も存在することなどが分かりました。また、寺院の床面を検出するために一部で発掘を行ったところ、いくつかの壁画片や彩色塑像片と思われるものが出土しました。
 現地の若手考古学者との共同作業は、われわれ日本人にとっても非常に刺激的なもので、こうした調査が、今後も現地専門家の人材育成に貢献することを希望しています。

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