研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


佐賀県立博物館新収資料花鳥図螺鈿琵琶 銘「孝鳥絃」の調査

花鳥図螺鈿琵琶 銘「孝鳥絃」背面

 佐賀県立博物館に寄贈された花鳥図螺鈿琵琶 銘「孝鳥絃」の調査を、武蔵野音楽大学の薦田治子教授と一緒に行いました。これは、明国出身の武冨家に伝来したもので、大財聖堂を築いた武富廉齋(1638~1718)の父が清国の商人から購入し、廉齋が後水尾天皇の求めで御前演奏を行って「孝鳥弦」の名を下賜された、という伝えのある琵琶です。裏面に螺鈿の細工があり、徳川美術館の小池富雄氏が明時代の技法、と判定されましたが、従来知られていた明時代の琵琶よりは胴がふっくらした形態で、中国南部の南琵の系統を引く楽器と考えられます。日本で弾奏するために、中国琵琶特有の柱(ブリッジ)を表板からはずした可能性も考えられるので、今後、中国との比較研究を行って、さらに詳しく調査を行いたいと思います。

第5回伝統的修復材料および合成樹脂に関する研究会「建築文化財における伝統的な塗料の調査と修理」

塗装標本等資料見学の様子

 保存修復科学センター伝統技術研究室では、9月29日(木)に当研究所地下セミナー室において「建築文化財における伝統的な塗料の調査と修理」と題する研究会を開催しました。この研究会は、一昨年に開催した第3回研究会の「建築文化財における漆塗料の調査と修理」の続編ともいえる内容です。漆塗料は日本を代表する優れた伝統的な塗料であると同時に修復材料でもあります。修復の現場では建築文化財の塗料には漆塗料、あるいは顔料+膠材料の二つしかないかのようなイメージがありました。ところが、実際にはそれ以外の乾性油や松脂、柿渋など様々な材料を時と状況に応じて塗料として使用してきたことが明らかになってきました。今回の研究会では、このような漆塗料でもない膠材料でもない、いわば第三の塗料について取り上げました。研究会では、まず北野が問題提起を行い、建築装飾技術史研究所の窪寺茂先生から主に「チャン」と呼ばれる塗料とその塗装技法についてお話をいただきました。次に、日光社寺文化財保存会の佐藤則武先生から、日光社寺建造物の漆塗料以外の塗料の状況について技術者という立場から御講演いただきました。最後に明治大学の本多貴之先生から、乾性油を中心とした塗料の科学についての解説と、実際に日光社寺建造物の塗料の有機分析を行った結果の報告をいただきました。講師の方々のお話は、それぞれ専門の立場からの話題提供であっただけに説得力もあり、さらに会場では佐藤先生にお持ちいただいた日光社寺建造物の塗料資料や手板などを見学することもできました。

国際研修「紙の保存と修復」

開会式後の関係者集合写真
実習(裏打ちの準備)
実習(糊の準備)

 8月29日より9月16日まで、ICCROMおよび九州国立博物館との共催で国際研修を行いました。世界中から60名程の文化財関係者の応募があり、その中からインド、スイス、メキシコなどに所属機関がある10名が参加者として選抜されました。
 この研修では紙、特に和紙に着目し、材料学から歴史学まで様々な観点からの講義を行いました。同時に実習では、欠損部の補填から、裏打、軸付けなどを行って巻子を仕上げ、さらに和綴じ冊子の作製も行いました。見学では、修復にも使用される手すき和紙の産地である岐阜県美濃地方を訪れて和紙製造の現場および紙の集散地として発展した美濃市美濃町伝統的建造物群保存地区を見学し、紙の製造から輸送、販売まで歴史上の和紙の流通について学習しました。さらに、伝統的な表装工房や道具・材料店を訪れ、日本における紙の保存修復のための環境についても学びました。
 この研修で伝えられた技術や知識が、海外で所蔵されている日本の紙文化財の保存修復や活用の促進につながり、ひいては海外の作品の保存修理にも応用されることを期待しています。

第4回大洋州世界遺産ワークショップへの出席

サモアの伝統的儀式の様子
会議場の様子

 9月5日から9日まで、サモアのアピアでUNESCOの第4回大洋州世界遺産ワークショップが開催されました。大洋州は全地表の3分の1の面積を占めているにもかかわらず、世界遺産の登録件数は多くありません。そのためUNESCOは、自国の文化や自然の世界遺産登録を目指す大洋州の島嶼国の代表者を集めて、そうした取り組みを支援するためのワークショップを開催しています。文化遺産国際協力コンソーシアムでは、今後増加すると思われる大洋州の国々からの文化遺産保護に関する支援要請に備えるため、今回のワークショップにオブザーバーとして参加しました。
 会議には13の島嶼国と2つの海外領のほかに、オーストラリアとニュージーランドがドナー国として、またICOMOSやIUCN等の諮問機関も参加しました。これまでの各国の取り組みと世界遺産登録に向けた準備の進捗状況が報告され、また大洋州が一丸となって取り組んでいくための核になる大洋州遺産ハブの形成などについて検討されました。
 大洋州はこれまで自然遺産の保護に積極的な地域でしたが、今後は文化遺産についても積極的に保護し、博物館などの整備に向けても取り組みを進めたい姿勢が感じられました。また、無形遺産にも関心が高く、今後は大洋州諸国から無形的側面を含めた文化遺産の保護に関する支援等が要請されるのではないかと予測されます。

8月施設見学

X線撮影室での説明(8月3日)

 韓国国立慶州博物館 辛龍飛氏ほか 計2名
 8月3日、文化財の保存修復作業等の見学のため来訪。企画情報部資料閲覧室、無形文化遺産部実演記録室、保存修復科学センター第一修復実験室及びX線撮影室、文化遺産国際協力センター修復アトリエにおいて、各担当者が業務内容について説明を行いました。

寄贈品の受入れ

左からラーソン・ジュール・ニッポン株式会社松田様、石崎副所長、大河原代表取締役、木川生物化学研究室長、亀井所長、六川研究支援推進部長

 ラーソン・ジュール・ニッポン株式会社から、東京文化財研究所における東日本大震災による被災文化財の救済の研究の支援を目的として、富士インパルス株式会社製の真空脱気シーラー「V-402」4台のご寄贈のお申し出がありました。
 ご寄贈いただいた物品は、東北地方太平洋沖地震による津波の被害を受け、海水で濡れた書籍や文書を修復するためのもので、早速、東北地方太平洋沖地震被災文化財等救援事業(文化財レスキュー事業)に活用させていただいております。また、8月3日、ラーソン・ジュール・ニッポン株式会社大河原泰介代表取締役に東京文化財研究所へご来所いただき、今回ご寄贈いただいたことに対して、亀井所長から感謝状を贈呈しました。
 当研究所の事業にご理解を賜りご寄贈をいただいたことは、当研究所にとって大変有難いことであり、今後も研究所の事業に役立てたいと思っております。

企画情報部研究会「琳派と能の関係についての再考」の開催

フランク・フェルテンズ氏発表後のディスカッション

 企画情報部ではほぼ毎月研究会を開催しています。8月30日に開催した2011年度第5回企画情報部研究会では、今年6月中旬から9月初めまでの約3ヶ月間、当部来訪研究員として来日していたコロンビア大学大学院博士課程のフランク・フェルテンズ氏に「琳派と能の関係についての再考」と題して調査研究の成果を発表していただきました。伝統的な絵画表現と装飾的な意匠性を融合させて独自の画風を確立させた尾形光琳(1658-1716)は、幼少より能楽を習い、生涯にわたって能謡を愛好したことで知られており、その芸術にも少なからず影響を及ぼした可能性が先行研究において指摘されてきました。フェルテンズ氏の今回の発表では、先行研究をふまえ、絵画作品ばかりでなく工芸・装束・謡本なども含めて、そのモティーフ選択や美意識に着目し、空間構図分析やパフォーマンス理論なども応用しながら琳派芸術の解釈を行いました。発表後のディスカッションでは、当所無形文化遺産部、無形文化財研究室長・高桑いづみ氏より、能楽研究の立場から芸能史と美術史における研究基盤と手法の違いについての指摘がありました。学際的な研究の問題点が浮き彫りになる一方、活発な討議を通じ、多様に展開する江戸時代の絵画および工芸史研究において、さらに具体的な検証作業が必要であることが認識され、充実した研究交流の機会となりました。

日韓無形文化遺産研究会の開催

ロビー展示「無形文化遺産の記録」展示を前に議論する日韓の研究員

 無形文化遺産部では、近年の世界的な無形文化遺産保護の気運の高まりに応じて、アジア地域を中心とした各国の関係機関との国際的な調査研究協力を積極的に進めています。その一環として、2008年には韓国国立文化財研究所無形文化財研究室との間に「無形文化遺産の保護に関する日韓研究交流」合意書を交わし、以後3年間にわたって国際研究交流を行なってきました。その研究交流の集大成として、8月9日、東京文化財研究所にて日韓無形文化遺産研究会が行なわれました。韓国から6名の研究者が来日して参加し、韓国側の発表者3名を含む6名が、無形文化遺産に関する研究発表を行ないました。また、研究会の後には今後の研究交流についての協議が行なわれ、2012年から五か年計画で、引き続き交流を行なうことが合意されました。

ヘレン・ケラー初来日時の音声資料

フィルモン音帯「トーキングブツク/ヘレンケラー」大阪芸術大学博物館所蔵

 無形文化遺産部は、早稲田大学演劇博物館(演劇映像学連携研究拠点)と共同で、フィルモン音帯(日本で開発されたエンドレステープ式の長時間レコード)の調査研究を実施しています。
 フィルモン音帯は、生産期間が1913年から1915年と短かったため、現存数は決して多くありません。1937年に初来日したヘレン・ケラーが録音を行っていたことは事実として知られていましたが、現物を確認できない音帯のひとつでした。調査の過程で、その音帯が大阪芸術大学博物館に現存することが明らかとなりました。この時の録音以外には、初来日当時の肉声は残されていないようです。歴史的にも貴重な資料であり、8月18日付『読売新聞』夕刊には紹介記事が掲載されました。
 フィルモン音帯の概要は『無形文化遺産研究報告』第5号(2011年3月刊)に報告しています。収録内容を含め、その詳細は今年度の報告書にまとめる予定です。

モンゴル・アマルバヤスガラント寺院における研修およびワークショップ

保存管理計画ワークショップ
建造物保存修復調査風景1
建造物保存修復調査風景2

 文化庁委託・拠点交流事業の一環としてモンゴル教育文化科学省と共同で行っているモンゴル・アマルバヤスガラント寺院での活動も3年目となります。本年は6月下旬および8月下旬の2度にわたり、協力ミッションを派遣しました。
 昨年度のワークショップで検討した内容に従って本年4月、文化遺産法に基づく保護区を設定する決定がモンゴル政府によって行われました。この保護区は、寺院本体だけでなく、周囲の景観や、寺院建設に関連する考古学的遺跡、さらには聖地や伝承地も含む広大なもので、そこでの開発規制等、具体的コントロールの内容を検討することが今年度の大きなテーマとなっています。地元のセレンゲ県が担当する保存管理計画策定作業の推進に向け、省・県・郡・寺院・住民の代表が参加するワークショップを各回とも開催しました。県側の作業体制立ち上げや基本情報収集等に遅れが目立つなど課題も少なくありませんが、計画に盛り込むべき基本的方針を県への提言としてまとめました。
 これと並行して8月ミッションでは、日本の木造文化財建造物修理技術者を講師に、建造物保存修復調査に関する研修もモンゴル人若手技術者を対象として実施しました。この研修も一昨年、昨年に続くもので、実際に破損が進行している仏堂の一つを実測しながら、破損状況の定量的把握から、修理工事の積算に必要な数量調書の作成に至る作業の流れを実習しました。伽藍内の歴史的建造物は劣化・破損が進み、修理の緊急性がさらに高まってきています。修理の技術的水準を確保するには、依然モンゴル単独では対応が難しい状況は変わらず、日本を含む海外からの技術支援を求める声はますます大きくなりつつあります。これに今後どのように対処していくか、モンゴル政府側との意見交換を継続していく必要があります。

7月施設見学(1)

修復実験室での説明(7月4日)

 ソウル大学奎章閣韓国学研究院ほか4名
 7月4日、文化財の保存修復作業等の見学のため来訪。企画情報部資料閲覧室,保存修復科学センター修復実習室及び文化遺産国際協力センター修復アトリエにおいて各担当者が業務内容について説明を行いました。

/ 高栁明)

7月施設見学(2)

分析科学研究室での説明(7月7日)

 台湾・国立中央図書館台湾分館職員ほか4名
 7月7日、文化財の保存修復に関する調査研究の見学のため来訪。保存修復科学センター各研究室において担当者が業務内容について説明を行いました。

/ 高栁明)

7月施設見学(3)

 独立行政法人国立文化財機構新任職員31名
 7月21日及び22日に、独立行政法人国立文化財機構新任職員研修会の一環で、各日18名及び13名が来訪。3階文化遺産国際協力センター修復アトリエ、2階企画情報部資料閲覧室、地階無形文化遺産部実演記録室を見学し、それぞれの担当者が説明及び質疑応答を行いました。

/ 高栁明)

京観世の記録化

 京都市立芸術大学日本伝統音楽研究センターでは5月から「京観世の記録化」という研究会を始めました。2月に大学創立百三十周年記念の公開講座「京観世の伝統―記録と記憶から聞こえるもの―」をおこないましたが、そこで講演をおこなったつながりで、高桑無形文化財研究室長が、この研究会に参加しています。京観世は、大正時代半ば頃まで残っていた京都独特の謡の伝承です。現在では途絶えてしまいましたが、無形文化遺産部では50年前に録音をおこない、30年前にその録音を中心にしたレコードの作成にも関わっていました。そのときどきの資料を扱いながら、京観世の伝承を甦らすべく、共同研究をおこなっています。

山口県下松市米川地区の莚織り技術調査

座談会形式で村の方々に昭和20年代の暮らしについてお聞きしました

 7月4日~5日の二日間、下松市米川地区(旧米川村)の西平谷にて莚(むしろ)織り技術の調査を行ないました。西平谷は西谷・平谷から成る谷筋の山間集落ですが、昭和30年以降、沿岸市街地への転出が一気に進み、現在では両村合わせて10戸に満たないほどに過疎化が進行しています。この地域で、地域おこしの一環として、地元有志を中心に莚織りの技術を復活させようとする活動が昨年度から行なわれてきました。莚は古くより日本の百姓の暮らしのなかでごく当たり前に見られた民具であり、その技術もすでに近世から日本列島でほぼ共通しています。しかし当たり前であるからこそ、その技術がきちんと記録されることはほとんどありませんでした。西平谷の莚は自家用に織り継がれてきたものであるために、最も単純な道具を用いた技術であり、莚織り技術のより古い形を保存していると考えられます。調査研究では地元有志をお手伝いする形で莚織り技術を復元し、記録・伝承するとともに、莚という民具の背景にある村の暮らしや環境を掘り起し、記録することを目指しています。

博物館・美術館等保存担当学芸員研修

ケーススタディでの一場面

 今回で28回目となる表題の研修を、7月11日から22日まで開催しました(参加者27名)。本研修は主に自然科学的視点から、保存環境や資料の劣化防止に関する基礎的な知識や技術を学んでいただくことを目的としており、研究所内外の専門家が講義や実習を担当しています。また、保存環境調査を実地で行う「ケーススタディ」を毎回行っており、今回は、八千代市立郷土博物館のご厚意により、会場としてお借りしました。参加者がグループ毎にテーマを設定したうえで環境調査を行い、その結果を発表し、質疑応答などを行いました。
 また今回は、カリキュラムに激甚災害への備えに関する講義、また水損被害を受けた写真や紙資料の応急処置に関する実習や実演などを取り入れました。今回は残念ながら、先の東日本大震災で特に甚大な被害を受けた東北地方などからのご応募はありませんでしたが、参加された全国からの方々にとっても決して他人事ではなく、被災した地域を思いながら、また将来起こるかもしれない大災害に備えるためにも真剣に学んでおられました。

アジャンター遺跡の保存にむけた専門家会議2011開催

インド考古局 チャンドラパンディアン氏による講演

 東京文化財研究所では、昨年度まで文化庁委託「文化遺産国際協力拠点交流事業」の枠組みにおいて、インド考古局(ASI)と共同で、アジャンター遺跡第2窟および第9窟における壁画の保存修復のための調査研究を実施しました。
 そのフォローアップとして、文化遺産国際協力センターでは、2011年7月23日から28日までアジャンター遺跡を管理するインド考古局から、現地研究室の代表者チャンドラパンディアン氏を招へいし、27日に専門家会議を開催しました。
 本会議では、共同作業で行った第2窟壁画の状態や損傷要因についての調査結果、また、第2窟、第9窟における高精細デジタル撮影によるドキュメンテーションの成果を報告しました。さらに、ASI側からは、アジャンター遺跡以外の遺跡も含めたASIの活動内容をご報告いただきました。アジャンター壁画が抱える問題を専門家間で共有するとともに、今後どのように壁画の保存を目指していくかを検討する貴重な機会となりました。

群馬県立歴史博物館における木造性信上人坐像の調査・撮影

 企画情報部の研究プロジエクト「美術の表現・技法・材料に関する多角的研究」の一環として、6月21日(火)に、企画情報部の津田徹英、皿井舞は保存修復科学センターの犬塚将英、ならびに武蔵野美術大学非常勤講師の萩原哉氏の協力を得て、群馬県立歴史博物館に出陳中の同県板倉町宝福寺所蔵の木造性信上人像(仏師大進作、鎌倉時代、群馬県指定文化財)の調査・撮影を行いました。ちなみに、本像は当所名誉研究員であった故・久野健氏が本格的な調査を行い銘文が知られて以降、その存在が知られました。その後、幾歳月が流れ、本格的修理がなされましたが、難解・複雑な銘文は未だ全文の解明がなされるまでには至っていません。
 今回の調査の目的は、像の構造・保存状況等を正確に把握するとともに、赤外線撮影等により懸案の銘文に肉薄することを目的とし、あわせて、頭部内に納入されているという像主の焼骨を収めた容器の存在を確認するために、X線透過撮影を試みました。今回の調査・撮影で得られた知見等については、今後十分に検討を重ねたうえ、『美術研究』等によって公表してゆく予定です。

来訪研究員の留啓群氏と企画情報部研究会の開催

企画情報部研究会で発表する留啓群氏(左)

 国立台湾師範大学美術研究所の留啓群氏が、今年の2月から6月までの5か月間、企画情報部の来訪研究員として、当研究所を拠点に調査研究を行いました。留氏は日本統治時期の台湾美術を専攻しており、今回の調査研究はとくに日本近代における南画の動向を視野に入れるのがねらいでした。途中、東日本大震災で一時帰国も余儀なくしましたが、6月には一通りの資料収集を終え、6月29日の2011年度第3回企画情報部研究会で「日本統治時期における台湾伝統書画のアイデンティティーへの模索」と題して、調査研究の成果を発表しました。東アジアに通底する伝統的な“書画”、そして近代以降に西洋よりもたらされた“美術”という二つの枠組みのはざまで台湾や日本の思惑が交錯するさまを、当時の南画をめぐる言説を通してうかがう重厚な内容でした。
 同研究会では留氏の発表に引き続き、相模女子大学教授の南明日香氏にも「ジョルジュ・ド・トレッサン(1877-1914)の室町期絵画評価」と題してご発表いただきました。ジョルジュ・ド・トレッサンはフランス陸軍の軍人で、日本美術を愛好し多くの論考を残した人物です。南氏は忘れられていたトレッサンの業績の検証にここ数年努めており、今回の発表では彼の室町期絵画への評価に焦点を当て、その情報の源泉、論考の特色、同時代意義を考察しました。発表後のディスカッションでは、所内の日本美術研究者に所外のフランス美術の専門家もまじえ、20世紀初頭のヨーロッパにおける日本および東洋美術の評価をめぐって活発な意見が交わされました。

第35回世界遺産委員会

世界遺産委員会 開会の様子

 第35回世界遺産委員会は、6月19日~29日にパリのユネスコ本部で開催されました。当初はバーレーンでの開催を予定していましたが、アラブ諸国に広がった反政府デモなどの影響で開催2か月前に開催場所が変更されたことから、ホスト国主催の盛大な開会セレモニーや各地の遺跡をめぐるエクスカーションなどは行われず、変則的な開催となりました。また、委員国以外の各国政府関係者の参加人数に制限が設けられたこともあり、例年よりも参加者が少なめに感じられました。
 今回、世界遺産リストに登録された物件は25件(自然3件、複合1件、文化21件)です。当初、諮問機関であるICOMOSとIUCNから「登録」の勧告が出ていた物件は12件で、委員国の話し合いの中で倍以上に増えたことになります。諮問機関からの勧告には4段階ありますが、下から2番目の「登録延期」の勧告をされた物件のうち10件が2段階上がって登録されています。国立西洋美術館が含まれるル・コルビュジエの作品群は今回一番下の「登録せず」の勧告がなされていましたが、委員国の意見により「登録延期」となりました。このような、専門家集団である諮問機関の勧告を覆す決議がなされる傾向は昨年度からありましたが、今年度はさらにその傾向が強まりました。諮問機関の勧告の決定過程が不明瞭との不満が世界遺産条約の締約国にある一方で、専門家の意見を結果的に軽視した決議の連発には、世界遺産条約そのものの信頼性を損なうのではないか、との意見も一部の委員国からありました。
 また、すでにリストに登録された、あるいは今後登録されるかもしれない物件をめぐる政治的な対立も顕著に表れています。たとえば、タイとの国境に位置するカンボジアのプレア・ビヘア寺院は2008年に登録されて以来、周囲の国境が画定していないことからたびたび両国間での紛争が発生しています。今回、タイは遺跡の保存管理計画に関する情報が十分に提供されておらず、審議の過程も不透明であることを不満として、世界遺産条約からの脱退を宣言しました。また、コソボとセルビアをめぐる問題や、イスラエルとアラブ諸国との対立なども議論の的となり、あるいは議論を避けようとして対立を生んでいます。 日本から推薦された物件は、小笠原諸島、平泉ともリストに登録されました。審議の際にも、議長から地震や津波による犠牲者へのお悔やみの言葉が述べられました。震災からの復興にあたってこれらの登録がよい効果をもたらすことも期待されます。

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