研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


タジキスタン国立古代博物館所蔵壁画断片の保存修復に関する研究会の開催

保存修復専門家による講演
処置方法に関する討議の様子

 東京文化財研究所では、タジキスタン共和国科学アカデミー歴史・考古・民族研究所と共同で、2008年度よりタジキスタン国立古代博物館に所蔵されている壁画の保存修復を実施しています。これまでに実施した保存修復について、2012年6月12日に、「タジキスタン国立古代博物館が所蔵する壁画の保存修復に関する研究会」を開催しました。
 主に保存修復の対象としている所蔵壁画は、シルクロードの商人として知られるソグド人の宮殿址から出土した壁画(7~8世紀頃)と初期イスラーム時代の宮殿址フルブック遺跡から出土した壁画(11~12世紀頃)です。ソグドの壁画は、火災により焼き締められ、また断片化しています。これらの断片をつなぎ合わせ、古代博物館に展示するまでの一連の保存修復処置について報告しました。また、フルブック遺跡出土の壁画は、非常に脆弱化しているため、その強化処置をおこないながら、将来的な展示を目指した保存修復処置の方法を検討している現状を報告しました。研究会では、今後の保存修復のための方法や使用材料について発表者と参加者による討議がおこなわれ、有意義な意見交換の場となりました。

横山大観《山路》(永青文庫蔵)、修理後の調査撮影

横山大観《山路》(永青文庫蔵)、調査撮影の様子

 これまでの「活動報告」でもたびたびお知らせしたように、企画情報部では研究プロジェクト「文化財の資料学的研究」の一環として、横山大観《山路》の調査研究を永青文庫と共同で進めています。同文庫が所蔵する大観の《山路》は、明治44年の第5回文部省美術展覧会に出品され、大胆な筆致により日本画の新たな表現を切り拓いた重要な作品です。同作品が今春に修理を終えたのを機に、寄託先の熊本県立美術館で5月12日に城野誠治(東京文化財研究所)による高精細画像の撮影、および三宅秀和氏(永青文庫)、林田龍太氏(熊本県立美術館)、小川絢子氏、塩谷純(東京文化財研究所)による調査を行いました。
 《山路》ではザラザラとした岩絵具が多用されているのが特色ですが、従来の図版ではなかなかそこまで確認できるものはありませんでした。今回の撮影による画像は、そうした絵肌のニュアンスまでよく伝えており、くわえて部分の高精細画像は2010年秋に行った蛍光X線分析の成果とあわせ、使用された顔料についての検証に役立つものと期待されます。これらの研究成果は今年8月の研究協議会を経て、今年度中に一書にまとめてご報告する予定です。

韓国文化財研究所との研究交流―仏教儀礼の比較研究―

先祖の供養をする僧侶と信徒
燃灯祭りの出し物

 昨年11月の調印により、韓国文化財研究所との第2次の研究交流が始まりました。初年度は、無形文化財研究室の高桑が、仏教儀礼を対象に5月18日から2週間、調査を行いました。
 日本や韓国では仏教は大きな位置を占めていますが、それぞれ固有に展開したことで宗教儀礼や仏教行事のあり方に相違点が少なくありません。韓国では、釈迦の誕生日にあたる旧暦4月8日は祝日ですし、その1週間前には生誕を祝う大がかりな燃灯祭りを行い、海外からも観光客が集まるなど関心を呼んでいます。禅宗系統の曹渓宗が9割近くを占めるなか、朝昼晩に礼仏を欠かさず行う点は日本と共通していましたが、信徒も泊まり込んで礼仏に参加し、僧侶と一緒に祈祷を行う姿には、日本には見られない熱意が感じられました。
 また、日本では、宗教に関わる儀礼は宗教行為とみなされて重要無形文化財に指定されることはありませんが、韓国では太古宗の儀礼「霊山齋」を世界無形遺産に登録するなど、宗教儀礼に対する措置も大きく異なっています。仏教儀礼の比較調査からは、仏教だけにとどまらない日韓の意識のあり方が如実にうかびあがってきます。

東日本大震災の被災地における無形民俗文化財の調査

津波に流され、被災した「うごく七夕」の山車(長砂組)。家々が流されて更地になった場所に卒塔婆を立て、その前に並べてあった(陸前高田市)
野鍛冶の技術によって作られたアワビ鉤。三陸一帯で使われている。自宅兼工場は津波による被災を免れたが、昨年は多くの漁師が被災したためアワビの口開けがなく、鉤も出荷できなかった(陸前高田市)。

 5月中旬、東北沿岸被災地において、無形民俗文化財の被災・復興状況の調査を行いました。東日本大震災より1年以上たった現在も、有形文化財に比べ、無形民俗文化財に対する調査や復興支援は立ち遅れています。もちろん、関連団体や個人の尽力により、被災情報の収集・発信や、支援者と支援される側を繋ぐ活動などが行われており、大きな力となっていますが、活動全体を繋ぐネットワークがないために、支援のニーズが噛み合わなかったり、支援に大きな偏りが出るなど、種々の問題も浮上しています。
 また特に民俗技術に関しては、震災以前から所在の確認すらなされていなかったケースが多く、未だに被災の全容や必要な支援の情報は掴めていません。樹木や土などの自然素材を原材料とする多くの民俗技術は、津波による物理的被害のみならず、原発事故による材料の汚染や風評被害とも対峙していかなければならない状況にあるはずですが、そうした現状も、把握が困難な状況にあります。
 そうした問題の一方、特に祭りや芸能の場合、鎮魂や供養の意味合いが地域の人々によって強く認識されたり、仮設住宅に入ってバラバラとなった地域を繋ぐ重要な絆として作用するなど、これらの文化が持つ力が改めて見出され、見直される例も多く聞かれます。
 無形文化遺産部では被災地域のこうした状況を注視し、情報収集に努めるとともに、被災地支援のため、また今後起こりうる様々な災害に対応するための、新たなネットワーク作りに着手しています。

ギメ東洋美術館での調査

ギメ東洋美術館での調査

 当研究所は2010年にフランスのギメ美術館と研究協力及び交流に関する覚書を交わし、講演会の開催や修復事業などの共同プロジェクトを実施しています。ギメ東洋美術館はリヨンの実業家エミール・ギメ(1836~1918)のコレクションをもとに開設されました。現在、約11000点の日本美術作品が所蔵され、世界有数の東洋美術館として知られています。同館の日本美術コレクションの形成は世界的に古く、美術史的に重要な作品が数多く含まれていますが、中には経年により修理の必要性の高い作品もあります。これまでにもギメ美術館とは、在外日本古美術品修復協力事業として、平成9年(1997)から平成17年(2005)にかけて仏画や絵巻物など5件の絵画と、1件の漆工品の修理を行ってきました。古美術作品が安定した良好な状態で保管・展示されることは、海外における日本の文化と歴史を紹介するためにたいへん重要です。2012年5月25日には、同館の日本美術担当学芸員のエレーヌ・バイユウ氏のご協力のもと、文化遺産国際協力センター長・川野邊渉、同主任研究員・加藤雅人、江村知子の3名で、修復と美術史の観点から10数点の絵画作品の調査を行いました。今後さらに具体的な修理のための調査と、協議を重ねながら、研究協力と交流を推進していきます。

ブータン王国の伝統的建造物保存に関する拠点交流事業

版築施工現場における職人への聞き取り調査
パガ・ラカンでの実験

 ブータン王国における文化庁委託・拠点交流事業の一環として、2012年5月27日~6月8日の日程で日本より7名の専門家を派遣しました。本事業はブータン王国における伝統的建造物に関し、その構造評価および耐震対策を含む保存修復技術についての技術移転・人材育成を行うものとして今年度から始まったものです。
 今回はまず、ブータン王国内務文化省文化局と東京文化財研究所の間で本事業を遂行するための覚書と実施要綱を締結しました。ブータン側と共同で行った具体的な作業としてはまず、保存すべき文化財的価値を特定するために、版築部と木部から構成されている寺院・民家・廃墟を対象に伝統的建築工法を解明するための実地調査を実施し、今後の建築学的調査を円滑に進めるための調査票を作成しました。さらに、伝統的建築物の構造性能を定量的に把握するために、火災に見舞われ撤去が予定されていたパガ・ラカン(寺院)での版築壁引き倒し実験、同ラカンの版築ブロックの材料試験、パンリ・ザンパ・ラカンでの常時微動測定等、構造学的調査を実施しました。
 今後も引き続き、建築学的調査と構造学的調査を両輪として、伝統的技術の延長上における耐震対策の可能性を検討していく予定です。

アルメニア歴史博物館所蔵考古金属資料の第2回保存修復ワークショップ開催

「金属考古資料の表面クリーニング実習」

 文化遺産国際協力センターでは、文化庁委託文化遺産国際協力拠点交流事業の一環として、平成24年5月29日から6月8日までの9日間、アルメニア歴史博物館にて同館所蔵の考古金属資料の保存修復に関する人材育成ワークショップを開催しました。今年(2012年)1月から2月にかけて行ったワークショップに続き、今回は第2回目の開催となります。アルメニア歴史博物館のほか、アルメニア国内の他機関所属の若手専門家合計10名が参加しました。
 考古金属資料の錆や付着物の除去といった表面クリーニングと脱塩をテーマとし、今回から本格的な保存修復処置を開始しました。日本での保存修復事例、保存修復処置一般、考古金属クリーニング、脱塩に関する講義のほか、写真撮影、状態調査、展示・修復計画、保存修復処置の実習を行い、アルメニア人専門家の知識と技術の向上に貢献しました。
 次回のワークショップでは、今回の錆除去などの表面クリーニングを引き続き行った後、来年以降の博物館での展示に備えた処置を行います。また、保存修復処置を終えた資料の元素分析を再度実施し、製作技術の研究をさらに深める予定です。

4月施設見学

実演記録室での説明(4月23日)

 文化庁長官官房政策課独立行政法人支援室 室長他3名

 4月23日、東京文化財研究所の視察のために来訪。企画情報部資料閲覧室、無形文化遺産部実演記録室、保存修復科学センター第2修復実験室、同分析科学研究室及び文化遺産国際協力センター国際資料室を見学し、各担当者が業務内容について説明を行いました。

『震災復興と無形文化―現地からの報告と提言』の刊行

第6回無形民俗文化財研究協議会

 2011年12月16日に「震災復興と無形文化」をテーマに行った第6回無形民俗文化財研究協議会の報告書が3月末に刊行されました。協議会では東日本大震災以降の無形文化に関わる現地の状況や課題を、第一線で活動されている方々にご報告・討議いただきました。本報告書は、できるだけ多くの方に現地の状況を知っていただき、情報と課題を共有するために、その全記録をまとめたものです。報告書は協議会参加者全員に配布したほか、全文のPDF版が無形文化遺産部のホームページからダウンロードできるようになっています。
 なお、無形文化遺産部では今年度も引き続き「震災復興と無形文化」をテーマとして、秋頃に研究協議会を開催する予定です。

『文化財の保存環境』出版

東京文化財研究所編『文化財の保存環境』中央公論美術出版社

 平成 21 年 4 月 30 日に公布された「博物館法施行規則の一部を改正する省令」により、大学や短期大学の学芸員養成課程において、資料保存や展示環境に関する内容を扱う科目として「博物館資料保存論」(2 単位)が新設され、今年度より、資格取得のための必修科目となりました。東京文化財研究所では、この科目のためのスタンダードテキストとすべく表題の本を執筆・編集し、中央公論美術出版社より出版しました。本書では、文化財施設や屋外における文化財保存に関する基本的な知識や技術を扱っており、温湿度や空気環境といった自然科学的内容が中心ですが、人文系の学生にもわかりやすく、かつ本質を失わないよう、構成や内容を精査して編集しました。また、本書はすでに学芸員として現場で保存に携わっている方々にとっても実践的で有用なものであると自負しております。上記科目が必修となったことは、資料保存が文化財施設での重要な責務であることを再認識するものであり、長年保存環境研究に取り組んできた我々にとって、そのためのテキストを作成することは、大きな責務であり、また喜びでありました。皆様の学習や実践に役立てて頂ければ幸いです。

国際シンポジウム「江戸の絵師たち」での発表

ナショナル・ギャラリー(ワシントンD.C.)での発表

 2012年は日本より米国に桜が寄贈されてから100周年にあたります。これを記念して、毎年恒例の全米桜祭に合わせて、さまざまな日米交流事業が行われています。ワシントンD.C. のナショナル・ギャラリー、フリーア美術館およびサックラー美術館では、Colorful realm (伊藤若冲:釈迦三尊像・動植綵絵)、Hokusai: 36 views of Mt. Fuji (葛飾北斎:富嶽三十六景)、Masters of Mercy (狩野一信:増上寺蔵五百羅漢像)など大型の日本美術の展覧会が開催されています。これらの展覧会の関連企画として、国際シンポジウム「江戸の絵師たち」The Artist in Edo が4月13・14日にナショナル・ギャラリー視覚芸術高等研究所(CASVA-Center for Advanced Study in the Visual Arts)の主催で行われました。日本および欧米の日本美術史研究者13名による発表があり、江村知子は”Classicism, Subject Matter, and Artistic Status–In the Work of Ogata Kōrin”(「尾形光琳の古典主題について」)と題して発表を行いました。これまでの研究成果を国際的に発表するとともに、世界各国から参加していた研究者との交流を促進し、当所における調査研究活動への理解を深めることにつながりました。なお、本発表内容に基づく報告書は2013年度にCASVAより刊行される予定です。

メラニー・トレーデ氏講演会の開催

ディスカッションの様子

 日本の美術品が欧米でも所蔵され、高い評価を得ていることはよく知られていますが、日本美術史の研究もまた海外の専門家によって活発に行われています。そうした研究拠点のひとつであるドイツ、ハイデルベルク大学教授のメラニー・トレーデ氏をお招きし、3月5日に当研究所セミナー室にて「『文化的記憶』としての八幡縁起の絵画化―その古為今用」と題して講演会を行いました。
 「文化的記憶」とは、ある作品から多くの人々が想起し、共有する政治的・社会的・宗教的な背景のことです。日本美術史をご専門とするトレーデ氏ですが、欧米における他分野の研究も広く援用しながら、中世の絵巻から近代の紙幣までも視野に入れて八幡縁起の政治性を検証する内容は大変刺激的なものでした。
 講演は高松麻里氏(明治大学非常勤講師)の逐次通訳で二時間余り行われ、引き続いて津田徹英(企画情報部)の司会で、土屋貴裕氏(東京国立博物館研究員)・塩谷純(企画情報部)をコメンテーターとしてディスカッションを行いました。会場からは歴史学や国文学の研究者からの積極的な発言もあり、八幡縁起をテーマに、時代や分野といった専門領域を越えて意見を交換する貴重な機会となりました。

『無形文化遺産研究報告』の刊行

『無形文化遺産研究報告』第6号

 『無形文化遺産研究報告』第6号が2012年3月に刊行されました。本号には、無形文化遺産に関わる調査・研究に加え、2011年10月22日に開催した無形文化遺産部主催の公開学術講座『東大寺修二会(お水取り)の記録』、そこで企画されていた対談(東大寺長老の橋本聖圓師と東京文化財研究所名誉研究員の佐藤道子氏によるもの)が載録されています。公開講座当日、会場にお出でいただけた方だけではなく、東大寺修二会、ひいては日本の伝統行事・伝統芸能一般に関心を持たれている方にとっても、興味深い対談内容となっています。
 5月中に、全頁のPDF版を前号までと同様にホームページ上で公開する予定です。

『保存科学』第51号の発行

 東京文化財研究所保存修復科学センター・文化遺産国際協力センターの研究紀要『保存科学』の最新号である第51号が、平成21年3月31日付けで発行されました。我々が行った、様々な文化財を対象とした調査研究や修理などに関する報文7報、および報告20報を掲載しています。製本版は関係機関などへの配布に限られていますが、近日中にPDF版を当研究所WEBページ(http://www.tobunken.go.jp/~hozon/pdf/51/MOKUZI51.html)にアップロードしますので、ぜひご利用ください。

アルメニア人招聘に伴うアルメニア保存修復研究会の開催

研究会でのアルメニア人招聘者の発表の様子

 文化庁「アジアの博物館・美術館交流事業」において、平成24年2月26日から3月3日まで、アルメニア歴史博物館保存修復部長のイェレナ・アトヤンツ女史を日本に招聘しました。
 それに伴い、平成24年2月27日に東文研にて「アルメニア歴史博物館における文化財保存修復に関する交流事業」研究会を開催しました。本研究会では、アルメニア歴史博物館における東文研による事業説明、アルメニア歴史博物館の紹介、再び東文研から1月末から2月上旬に現地にて行った第1回考古金属資料保存修復ワークショップで得られた成果の報告、および、染織品保存修復専門家より国際交流基金事業による同アルメニア歴史博物館における染織品保存修復の交流に関する発表を行いました。
 アルメニア共和国にはまだ日本大使館が存在せず、このような協力・交流活動を広く世間に知っていただく機会が殆どありません。我々は、今事業を通じ、文化財保護だけにとどまらず、日本とアルメニア共和国との様々な分野における協力・交流事業の促進に寄与することを願っています。

研究会「キルギス共和国の文化遺産」の開催

講演中のテンティエヴァ女史

 文化遺産国際協力センターは、文化庁の委託を受け、「キルギス共和国および中央アジア諸国における文化遺産保護に関する拠点交流事業」を2011年度より実施しています。この事業は、中央アジアの文化遺産保護を目的に、中央アジアの若手専門家育成を目指すものです。
 今回、この事業の一環として、キルギス共和国よりバキット・アマンバエヴァ女史、アイダイ・スレイマノヴァ女史、アイヌラ・テンティエヴァ女史の3名の専門家を日本に招聘し、「キルギス共和国の文化遺産」と題する研究会を3月15日に開催しました。アマンバエヴァ女史とスレイマノヴァ女史は、キルギス共和国における考古学新発見に関して発表を行ない、またテンティエヴァ女史はキルギス共和国の無形文化遺産に関する講演を行ないました。

文化遺産国際協力コンソーシアム平成23年度総会および第10回研究会「文化遺産保護の国際動向」の開催

 2011年3月16日(金)に標記総会および研究会を開催しました。総会では、例年通り、コンソーシアムの平成23年度事業報告と次年度事業計画を事務局長より報告しました。続いて行った研究会では、世界銀行のマーク・ウッドワード氏による「世界銀行の文化遺産へのアプローチ~保護から地域経済発展における遺産価値と歴史都市の包括へ~」と題する基調講演ののち、文化遺産保護に関する最新の国際動向について、昨年の主だった国際会議を中心に、3名の方からご報告いただきました。
 二神葉子東文研室長には、40周年を迎えた世界遺産条約に関して、登録をめぐる審議の傾向や、昨今の国境紛争問題を中心にお話しいただきました。続いて、南新平文化庁室長から、無形文化遺産の登録プロセスや基準とともに、昨年設立されたアジア太平洋無形文化遺産研究センターについてご報告いただきました。最後に、前田耕作東文研客員研究員より、東西大仏の爆破から10年を迎えたバーミヤーン遺跡の保存に関する専門家会議を例に、最近の平和構築と文化遺産保護活動に関するご発表がありました。
 文化遺産保護の国際動向は研究会で例年取り上げているテーマですが、毎回50名を越える参加者があり、最新動向に関する情報が強く求められていることを感じます。コンソーシアムでは今後も、研究会等を通じた情報共有に取り組んでいきたいと思います。

佛光寺所蔵『善信聖人親鸞伝絵』の調査・撮影

絵巻の高精細デジタル撮影

 京都・佛光寺には、親鸞(1173~1262)の出家から没後の廟堂建立までを描いた絵巻『善信聖人親鸞伝絵』(上下二巻)が伝えられています。これは先行して成立した三重・専修寺に伝えられた同題の絵巻を踏まえながら、それには認め難い絵相と詞書を含むことで知られています。また、詞書は後醍醐天皇の晨翰とも伝えられています。本絵巻は、これまで非公開を原則とし、大切に伝えられてきたため、折れ伏せなどの修理の痕跡が全く存在せず、かつ、黒色に変色しやすい銀泥も輝きを失っておらず、制作当初の鮮やかな色使いが今日まで伝えられている点で特筆されます。しかしながら、制作年代に関しては中世(14世紀)に遡るという見方と近世(18世紀以降)に下るとする見方が根強くあります。
 企画情報部の津田徹英、小林達朗、城野誠治は、この佛光寺本『善信聖人親鸞伝絵』について、同寺宗務所のご理解と協力を得て、2012年2月23、24日の両日に及んで同寺大広間において調査・撮影を行いました。目的とするところは、これまで調査の機会が極めて限られていたことをかんがみて、今後、本絵巻が文化財研究のために広く資するべく、絵伝そのものに即した基礎データづくりを目指し、撮影についても一紙ごとに高精細デジタル撮影を行いました。そして、その過程で得られた知見については、2月29日の企画情報部研究会において中間報告を兼ねて研究発表を行うとともに(津田徹英「佛光寺本『親鸞伝絵』をめぐって」)、本作の存在を広く知ってもらうために、最も絵相に独自性が打ち出されている上巻「六角堂夢告」の場面を、企画情報部フロアーの壁面パネルで公開いたしました。なお、本調査・研究は平成23年度メトロポリタン東洋美術研究センターの助成を得て実施したもので、東京文化財研究所企画情報部の研究プロジエクト「文化財デジタル画像形成に関する調査研究」の成果の一部です。

国際人類学・民族学連合 無形文化遺産委員会 メキシコ合衆国クエルナバカ市

会議の様子

 この委員会は、国際的な学会連合組織である国際人類学・民族学連合に新たに設けられたものです。2012年2月25日、26日にその第1回会合がメキシコのクエルナバカ市にあるCentro Regional de Investigaciones Multidisciplinariasで行われ、日本からは無形文化遺産部の宮田が委員メンバーとして招聘され参加しました。 会議では、専門家の知見を無形文化遺産保護に生かしていくため、どのような貢献ができるかといった観点から、各国参加者による発表及び討議が行われました。日本からは、東京文化財研究所で作成した『無形民俗文化財映像記録作成の手引き』を紹介するとともに、専門家の立場から無形文化遺産保護のいろいろな事業等へのガイドライン作成での貢献を提言しました。無形文化遺産保護条約の運用面でも、専門家の貢献がますます求められつつある状況で、今後も政府機関とは別個のこうした専門家によるアプローチは重要となっていくことでしょう。無形文化遺産部では、こうした意見交換の場には積極的に参加し、日本の専門家としてその知見を発信していきたいと考えています。

講談『難波戦記』の記録作成

一龍斎貞水師による講談の実演

 講談の記録作成が東京文化財研究所で開始されたのは、2002年度のことです(当時の組織名は東京国立文化財研究所芸能部)。その第1回目から、一龍斎貞水師(現在は重要無形文化財「講談」保持者)には、長編の語り物2席(時代物と世話物)の口演をお願いしてきています。これまでに作成してきた貞水師による講談記録で完結しているのは、時代物の『天明七星談』(2006年6月11日より2005年12月26日まで12回)と『千石騒動』(2006年2月9日より2011年11月22日まで23回)、世話物の『緑林五漢禄』(2006年6月11日より2008年2月13日まで20回)です。2012年2月14日から、時代物としては3演目目となる『難波戦記』が始まりました。豊臣一族が徳川家康によって滅ぼされた大阪冬の陣と夏の陣を題材とする語り物です。
 来年度も引き続き、貞水師にご協力いただき、記録作成を実施する予定です(世話物は『文化白浪』が継続中)。

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