研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


ブータン王国の伝統的建造物保存に関する拠点交流事業

土色帳を用いた版築壁体の観察記録作業
ティンプー市内の版築造寺院における常時微動計測調査の様子

 文化庁より委託された文化遺産国際協力拠点交流事業の枠組みによるブータン王国における版築造建造物の保存に関する現地調査のため、今年度第二回目の専門家派遣を11月21日から12月2日まで行いました。事業のカウンターパートである同国内務文化省文化局遺産保存課と共同で、二班に分かれ、首都ティンプーとその近郊において、主に以下のような活動を行いました。
 工法調査班:版築工法による伝統的建築技術の実態を明らかにするため、複数の職人への聞き取り調査を行うとともに、版築造による民家や寺院およびその廃墟を対象に、補強技法等の目視観察および実測による調査を実施しました。
 構造調査班:版築造壁体の構造体としての性能を定量的に把握するため、ブータン側が事前に作製した供試体に対する圧縮強度試験を行いました。また、版築造の小規模な寺院建築2棟を対象に常時微動計測を実施し、その構造特性を分析するための基礎的データを取得しました。
これらの調査実施に加えて、過去の日本からの協力事業も含むこれまでの調査成果をブータン側と共有するとともに、日本における民家等保存の取り組みについて紹介することを目的に、ワークショップを開催しました。
 このような活動を通じて、伝統的建造物およびその建築技術の適切な保存継承と、地震時における安全性向上という課題の両立に向けた方向性を探るとともに、文化遺産保存を担当する現地人材への技術移転にも貢献することが本事業の目指すところです。ブータン側スタッフの意欲は高く、建築調査と構造解析に関する基礎的な手法のひとつひとつを伝えながら、引き続き協力関係を深めていきたいと思います。

10月施設見学

生物実験室での説明

 文化庁ミュージアム活性化支援事業「市民と共に ミュージアムIPM」 参加者 計13名
 10月5日、文化財の保存・修復の現場を見学するために来訪。保存修復科学センター物理実験室、化学実験室及び生物実験室を見学し、各担当者が業務内容について説明を行いました。

企画情報部第46回オープンレクチャーの開催

講演の様子1
講演の様子2

 今年で46回目を迎えた企画情報部オープンレクチャーは、「モノ/イメージとの対話」をテーマに10月19日(金)、20日(土)の両日午後一時半より、当研究所地下セミナー室を会場に開講致しました。このオープンレクチャーでは、文化財や美術作品は動かぬモノでありながら、人々の心のなかに豊かなイメージを育んでいくことを念頭に置いて、そうした「モノ/イメージ」に日々向き合うなかでの新たな知見を、より多くの方々に知っていただくことを目的に開催いたしました。
 発表は、所外から、国立台湾師範大学准教授・白適銘氏(19日、発表タイトル「上野モダンから近代文化体験へ―陳澄波が出会った近代日本―」)と、国際日本文化研究センター准教授・丸川雄三氏(20日、「連想が結ぶ美術史の点と線―アーカイブスから見えるもの―」)を迎え、所内からは、企画情報部副部長・山梨絵美子(19日、徳川霊廟を描いた画家たち)、同部長・田中淳(20日、「1912年10月20日・上野・美術」)が行いました。両日ともに天候にも恵まれ、19日は96名、20日は80名の聴講者を得ました。

明願寺(新潟県上越市牧区)所蔵フィルモン調査

明願寺ご住職の池永文雄氏(右)
フィルモンのポータブル型再生機

 東京文化財研究所では、早稲田大学演劇博物館と共同でフィルモン音帯の調査を行っています。その成果の一部は、すでに2011年3月刊『無形文化遺産研究報告』第5号で公表しています。
http://www.tobunken.go.jp/~geino/pdf/kenkyu_hokoku05/kenkyu_hokoku05Ijima.pdf
 フィルモン音帯とは、戦前の日本で開発された特殊な音声記録媒体(レコード)です。当時、最も一般的に普及していたSPレコードの平均的な録音時間は約3分でした。これに対し、フィルモン音帯は30分以上の演奏でも収録が可能でした。画期的な発明品だったのですが、生産期間が昭和13年(1938)から同15年と非常に短かった上に、専用の再生機を必要としたため、戦後は急速に忘れ去られてしましました。音帯、再生機ともに現存数は決して多くありません。
 発売された音帯の種類は、約120程であっただろうと考えられています。上記報告書の時点で、現存が確認できたのは85種でした。昨年暮れ、新潟県の明願寺(上越市牧区)に多数の音帯が所蔵されているとの情報を得たことから、ご住職の池永文雄氏にご協力を請い、10月に調査を実施しました。その結果、所蔵されていた音帯は49種で、その内の16種がこれまで未発見だったものと確認されました。さらに、現存数が少ないポータブル型の再生機も動態保存されていました。所在確認調査という点からも、大きな進展であったといえます。
 明願寺所蔵の音帯は、浪曲を中心とした大衆演芸が多いところに特色があります。ご住職のお話によると、娯楽の少ない地域(現在でも最寄りのJR高田駅から車で小1時間)のため、明願寺の母屋に有線放送用の施設を作られた前住職の故池永隆勝氏(昭和12年に送信開始)が、長時間録音のフィルモンに注目し、放送用のコンテンツとして、再生機ともども大量に購入したのだそうです。当時の放送施設も、いまなお数多くが保存されていました。地方の郷土文化史を考えてゆく上でも、貴重な資料群の一つであったことになります。

第7回無形民俗文化財研究協議会の開催

研究協議会の様子

 10月26日、第7回無形民俗文化財研究協議会「記憶・記録を伝承する―災害と無形の民俗文化」が開催されました。昨年12月に開催された第 6 回協議会「震災復興と無形文化―現地からの報告と提言」に引き続き、本年も災害と無形民俗文化財をテーマとし、より踏み込んだ議論を行ないました。
 無形の民俗文化財をどのように後世に伝えていくのかは平常時からきわめて重要なテーマのひとつですが、3.11による原発事故や津波によって離散や人口減少を余儀なくされている地域においては、特に差し迫った課題となっています。そこで協議会では、伝承のための手段のひとつである「記録」を取りあげ、震災後、様々な立場から記録に携わってきた5名の発表者と2名のコメンテーターをお招きし、これまでの取り組みや課題、展望についてご報告・討議いただきました。会の中では様々な記録の手法や活用の方法等が提示されたほか、それぞれの立場、働きを繋ぐネットワークの重要性が再確認されました。
 また今回の協議会には、今後大規模災害の発生が予想されている地域からも多くの関係者にご参加いただきました。こうした災害をはじめ、少子高齢化や過疎化など、無形民俗文化財を取り巻く近い将来の危機への備えとして、今何ができるのか、しておくべきかといったことも、今後検討すべき重要なテーマとして残されました。
 なお、協議会の全内容は2013年3月に報告書として刊行する予定です。

「第17回資料保存地域研修」の開催

佐藤嘉則研究員による「生物被害」講義の様子

 保存修復科学センターでは、様々な研究会や研修会を通じて、博物館・美術館・資料館において資料保存に従事している方々に、そのための知識や技術に関する情報をお伝えしています。「資料保存地域研修」は、私たちが毎年一回、特定の地域にうかがい、その地域の保存担当者の方々を対象に1日の日程で開催する研修会です。今年は岡山県博物館協議会との共催で、10月16日岡山県立美術館を会場にして実施しました。参加者は56名を数えました。当センターからは佐野千絵(保存科学研究室長)、佐藤嘉則(生物科学研究室研究員)、吉田直人(主任研究員)が講師を担当し、「保存環境総論」「温湿度」「空気環境」「光・照明」「生物被害」という内容をお話ししました。この研修は、私たちが毎年東京で実施している2週間の「博物館・美術館等保存担当学芸員研修」に参加することのできない方々からも、大変に好評を頂いています。ただ、私たちの話はともすれば推奨される保存環境や設備といった内容となりますので、しばしば「そのような設備が無いところではどうするのか?」という質問が出されます。もちろん、それぞれの博物館や美術館には個別の事情がありますので、一つの答えを呈示することは困難です。このような現実を認識し、今後も日常の研究を充実させ、様々なケースにお答えできるようにしていきたいと考えています。

国際研修「ラテンアメリカにおける紙の保存と修復」の開催

補修方法のデモンストレーション
日本の装潢修理技術の活用例の紹介

 本研修は、ICCROMのLATAMプログラム(ラテンアメリカ・カリブ海地域における文化遺産の保存)の一環として、当研究所、ICCROM、INAH(国立人類学歴史学研究所、メキシコ)の3者協同で開催されました。10月17日から10月30日にかけてINAHで行われ、ベネズエラ、キューバ、チリ、エクアドル、ブラジル、ペルー、コロンビア、アルゼンチン、メキシコの9カ国から、文化財修復の専門家12名の参加がありました。
 本研修では、日本の伝統的な紙、接着剤、道具についての基本的な知識を得るとともに、実際にそれらを使用して補強や補修、裏打ちの実習を行うことで、日本の装潢修理技術への理解を深めることを目的としています。研修の前半は、装潢修理技術に用いる材料、道具、技術をテーマに、日本人講師が講義、実習を行いました。研修後半では、装潢修理技術の研修経験のあるメキシコ、スペイン、アルゼンチンの講師によって、日本の材料、道具、技術が欧米の文化財修復に実際にどのように活用されているかが紹介され、実習を行いました。日本の装潢修理技術が、各国の文化遺産の保存修復に応用されることを期待して、今後も同様の研修を継続してゆく予定です。

染織品保存修復に関する講演会の開催

アン・フレンチ氏講演会
収蔵のデモンストレーション

 文化遺産国際協力センターでは、2012年10月19日にマンチェスター大学ウィットワース美術館のアン・フレンチ氏(収蔵品管理責任者・染織品保存修復士)の講演会を開催しました。「古代から現代へ‐ウィットワース美術館の染織コレクションとその保存修復」と題された講演では、同館が1898年に設立されて以来、テキスタイル技法やデザイン資料として収集された3世紀のエジプトの染織品から日本の現代作家のテキスタイル・アートまで幅広いコレクションが紹介されました。染織品の所蔵品は2万点におよび、小学生から専門家まで幅ひろい利用者からの閲覧要請にも応える必要があり、工夫を凝らした数々の展示と収蔵の事例が説明されました。日本の染織コレクションとして着物、小裂、型紙が紹介され、それらの保存や修復について、フレンチ氏からも疑問が投げかけられ、講演会参加者らと活発な議論が展開されました。専門性の高い講演会でしたが、多くの方々に参加いただきました。当センターでは国際的に文化財の保存と活用に関する情報を共有する企画を今後も行いたいと思います。

企画情報部研究会の開催「宮内庁三の丸尚蔵館所蔵春日権現験記絵共同研究の中間報告」

 春日権現験記絵(かすがごんげんげんきえ)は14世紀初頭、時の左大臣・西園寺公衡(きんひら)が発願し、宮廷絵所の預(長)であった高階隆兼(たかしなたかかね)が絵を描いた全20巻にもわたる大作で、この上なく優れた筆致もあいまって絵画史上きわめて貴重な作品です。現在、所蔵者である宮内庁によって平成16年(2004)から15カ年もの計画による全面的な解体修理が行われているところですが、これにともない、当研究所は宮内庁との共同研究により修理前の作品について順次光学調査を行っています。
 9月25日、企画情報部は研究会を開催してこの調査について中間報告を行いました。宮内庁三の丸尚蔵館からは今回の修理事業を主導されている主任研究員・太田彩氏をお迎えし、この度の修理事業の全体像、修理過程で得られた知見などについてお話しいただき、企画情報部・城野誠治氏からは各種光学調査のうち、主として可視光の高精細画像についてその特性などについて報告が行われました。本調査では、城野氏によって、可視画像のほか反射近赤外、透過近赤外、蛍光の各種デジタル画像調査も行われていますが、現時点で12巻について各種合わせて6700カットあまりの画像情報がすでに蓄積されています。企画情報部・小林達朗からはその一部について美術史的意義の観点から紹介をしました。この調査では、保存修復科学センター・早川泰弘氏による蛍光X線分析による絵具の科学的調査も行われており、得られつつある情報はたいへん貴重なものとなるのは明らかです。これについては、今後宮内庁側と協議のうえ、公開する適切な方法について検討してまいります。

平等院鳳凰堂日想観図扉絵の調査

日想観図の調査(尾廊より)

 平等院鳳凰堂は、天喜元年(1053)に成ったあまりにも著名な建造物ですが、その扉や柱の絵も日本絵画史に残るきわめて貴重なものです。このうち本尊・阿弥陀如来像の裏側にあたる、中堂西面から尾廊への出入り口に設けられた二枚の扉には、『観無量寿経』に説かれている日想観の絵が描かれています。剥落も多く、いくらか後世の補筆が入っているとはいえ、図様の主要な部分には創建当初のものを残す重要な作品です。
 この左扉下部には閂(かんぬき)を敷居の穴に落としこんで施錠する落とし錠があり、これを支える木製の部材が「エ」字形にとりつけられ、絵のある部分を隠していました。この度、鳳凰堂の修理工事にともなってこの部材が取り外され、隠された部分が現れたのを機に、平等院からの委託によって、この部分を中心として光学調査を行いました。調査は9月4~6日の3日間で、保存修復科学センター・早川泰弘、企画情報部・城野誠治、小林達朗が行いました。
 落とし錠の下に残された当初部分と思われる絵具は多くはありませんでしたが、いくらかの痕跡が残っており、これに対して早川が蛍光X線分析調査を、城野が高精細可視画像・反射近赤外線画像・蛍光画像の撮影を主として行いました。得られたデータについては、早い時期に分析、検討し、公表する予定です。

山口鷺流狂言の調査

お話される小林栄治さん

 今年の12月、無形文化遺産部では山口鷺流狂言をテーマに公開学術講座を開催します。 鷺流は狂言の一流派でしたが、明治維新の混乱期に中央では廃絶しています。山口では、長州藩の狂言役者だった春日庄作が素人に狂言を教えたことで、現在まで伝承が続きました。山口では県の無形文化財に指定し、山口鷺流狂言保存会を結成しています。無形文化遺産部は、芸能部時代の昭和33年(1958)に山口で狂言の録音を行いましたが、現在ではこの記録が一番古い音源資料となっています。
 9月18日、録音資料を携えて山口で調査を行い、保存会の最長老小林栄治さんに昔の伝承についてお話をうかがいました。その成果は、公開講座で披露します。

エジプト国大エジプト博物館保存修復センタープロジェクトへの協力-保存修復材料学研修の実施-

染織品クリーニング実習の様子

 国際協力機構(JICA)が行うエジプト国大エジプト博物館保存修復センター(GEM-CC)プロジェクトへの協力の一環として、東京文化財研究所は、JICA東京と共同でGEM-CCのエジプト人スタッフ10名を対象とした保存修復材料学研修を実施しました。研修員は、保存修復を担当する8名と自然科学的な手法を用いた分析を担当とする2名で構成され、8月31日~9月21日の3週間の研修を受けました。修復に用いられる材料の化学的・物理的な性質を学び、実際にさまざまな材料を使用することで、各材料の特性を実感してもらいました。これらの実習を通じて、エジプト人研修員は、適切な修復材料を選択するためにスタッフ間での情報共有や検討が重要であることを再認識していました。今後は、GEM-CCにおいて、研修員が現地のスタッフにこれらの情報を共有し、スタッフ間の協力体制を構築していくことが望まれます。

国際研修「紙の保存と修復」

開会式後の関係者集合写真
実習(巻子仕立ての裏打ち)

 当研究所では毎年、ICCROMとの共催で国際研修を行っております。例年、70〜80名程の応募がありますが、本年はアメリカ、イタリア、エジプト、オーストラリア、オーストリア、タイ、コロンビア、デンマーク、ポーランド、ロシアに所属機関がある10名が参加者として選抜し8月27日から3週間行いました。この研修では紙、特に和紙に着目し、材料学から歴史学まで様々な観点からの講義を行いました。実習では、補修、裏打などを行って巻子を仕上げ、さらに和綴じ冊子の作製も行いました。見学では、修復にも使用される手すき和紙の産地である岐阜県美濃地方を訪れて紙の製造から輸送、販売まで歴史上の和紙の流通について学習しました。また九州国立博物館では最新の文化財展示、保存、修理施設を見学しました。京都では伝統的な表装工房や道具・材料店を訪れ、日本における紙の保存修復のための環境についても学びました。この研修で伝えられた技術や知識が、海外で所蔵されている日本の紙文化財の保存修復や活用の促進につながり、ひいては海外の作品の保存修理にも応用されることを期待しています。

シルクロード世界遺産登録に向けた支援事業:カザフスタン共和国とキルギス共和国における専門家育成のためのワークショップ

地下探査実習
トータル・ステーションを用いた測量実習

 現在、中央アジア5カ国および中国は、2014年度のシルクロード関連遺跡の世界遺産登録を目指し様々な活動を行なっています。この活動を支援するために、文化遺産国際協力センターは、昨年度よりユネスコ・日本文化遺産保存信託基金による「シルクロード世界遺産登録に向けた支援事業」に参加し、中央アジア各国で各種の事業を実施しています。その一環として、9月にカザフスタン共和国とキルギス共和国において、人材育成ワークショップを実施しました。
 カザフスタン共和国では、昨年度に引き続き、考古遺跡の地下探査に関するワークショップを奈良文化財研究所およびカザフスタン考古学専門調査研究機関と共同で、9月19日から24日にかけて実施しました。カザフスタン共和国から8名の専門家のほか、キルギス共和国から2名、タジキスタン共和国から1名、ウズベキスタン共和国1名、計12名が研修生として参加しました。今回も、昨年度同様、ボロルダイ古墳群(前8世紀~前3世紀)にて、地中レーダー探査の実習を行いました。昨年度のワークショップ後に、カザフスタン共和国が地下探査の機材を導入するなど、ワークショップの成果が確実に現地に根付こうとしています。今後も、今回の研修がきっかけとなって、中央アジア各国に考古遺跡の地下探査の技術が導入されることが期待されます。
 キルギス共和国でも、昨年度と同様、考古遺跡測量に関するワークショップを9月19日から25日にかけて実施しました。キルギス共和国科学アカデミー歴史文化遺産研究所と共同で実施したこのワークショップには、キルギス共和国の若手考古学者8名が参加しました。測量に関する基礎的な講義を科学アカデミーで実施した後、中世の都城址アク・ベシム遺跡に場所を移し、セクション図の作成やトータル・ステーションを用いた発掘区設定や地形図作成、遺構平面図作成、水準測量、写真測量などの実習を行ないました。昨年度、今年度と二年間に渡り、ほぼ同じ内容のワークショップを実施したため、研修生の測量技術はかなり上達しました。
 文化遺産国際協力センターは、来年度も中央アジア各国でシルクロード世界遺産登録に向けた支援事業を継続する予定です。

第11回文化遺産国際協力コンソーシアム研究会「ブルーシールドと文化財緊急活動-国内委員会の役割と必要性-」の開催

 2012年9月7日(金)に第11回文化遺産国際協力コンソーシアム研究会「ブルーシールドと文化財緊急活動‐国内委員会の役割と必要性‐」を開催しました。今回の研究会では阪神淡路大震災や東日本大震災から文化財を救った経験をふまえて、今後の我が国での文化財緊急保護活動を考える上での1つの視点としてブルーシールドに焦点を当てて議論を行いました。
 基調講演ではUSブルーシールド国内委員会のコリン・ヴェグナー代表をお招きし、アメリカでの国内委員会設立のご経験や、USブルーシールドによるハイチでの緊急支援活動などをご紹介いただきました。講演では東日本大震災後の文化財レスキュー(動産)や文化財ドクター(不動産)の活動、また図書館の防災など、我が国での文化財の緊急対応の現状が紹介され、問題点などが指摘されました。
 パネルディスカッションでは、それぞれの分野で緊急支援として何が必要とされているのか、またそのために日本で必要となっていくブルーシールドのあり方など、今後の我が国での緊急支援活動を考える上で非常に重要な議論が進められました。また、国内での緊急対応だけでなく、国際協力の観点からも日本の経験と技術を生かす必要があるとの指摘もなされました。
 今回の研究会は博物館、建造物、図書、歴史資料、フィルムなど幅広い分野の専門家が一堂に会してブルーシールドとは何かを議論する初めての研究会でありましたが、今後日本での文化財緊急支援の将来を考える上でとても重要な一歩となる会合となりました。
 今後もコンソーシアムでは、最新の情報を共有する場として、幅広い内容で研究会を企画していきます。

「タンロン・ハノイ文化遺産群の保存」ユネスコ日本信託基金事業

暴露試験台の設置
歴史ワークショップ風景
遺物整理室での意見交換
奈文研での樹脂含浸実験

 ベトナム・ハノイの都心に立地する世界遺産「タンロン皇城遺跡」を対象とする本事業は、日越専門家が協力しながら2010年度より実施しており、ユネスコ・ハノイ事務所から委託を受けた東文研が日本側の実施主体となっています。今年度前半は、主に以下のような活動を実施しました。

1)遺構保存に関する現地調査
 8月7日から9日にかけて、新国会議事堂建設現場に隣接する発掘区における現地調査を実施しました。遺構が存在する土中の水分移動を計測するためのセンサーを交換・増設し、砂層埋め戻しによる蒸散抑止効果を観測するための試験区を新たに設置しました。また、出土した煉瓦に物性を合わせた試料を用いた保存処理効果の屋外暴露試験も開始しました。現場での気象自動計測も継続中で、取得したデータの分析を通じて、望ましい保存方法の提案につなげていきます。

2)歴史学ワークショップの開催
 8月21日に、タンロン遺産保存センター、ハノイ国家大学開発科学院と共催で、タンロン城中心区の構成および東アジア都城との比較研究をテーマに現地ワークショップを開催しました。文献資料の検討や近年の発掘成果に基づく日越専門家の発表、および討議を行い、依然未解明の部分が多いタンロン城の構造と変遷について、活発な議論が行われました。また、このワークショップにあわせ、日越でこれまでに発表されたタンロン城に関する主要論文を相互翻訳した研究論集も刊行しました。

3)考古遺物に関するワークショップの開催
 9月10日から12日にかけて、タンロン遺産保存センター、社会科学院考古学研究所、同都城研究センター、奈良文化財研究所とともに、タンロン遺跡出土の考古遺物に関する第1回ワークショップをハノイで行いました。今回は陶磁器と屋根瓦を対象に、形式分類の方法や製作技法、製作地などをめぐって、日越専門家が双方の知見を共有するとともに、出土遺物を実際に観察しながら意見交換を行い、共同研究の重要性を再確認しました。

4)ベトナム人専門家の招聘
 9月10日から28日まで、ベトナム林業大学の木材専門家1名を招聘し、奈良文化財研究所において、出土木材遺物の保存手法に関する共同実験を行いました。タンロン遺跡出土木材と現在のベトナム産木材の試料を用いて、樹種の鑑定や樹脂含浸処理の効果などに関する各種の実験を実施しました。

8月施設見学(1)

燻蒸室での説明(8月6日)

 韓国・ソウル大学奎章閣韓国学研究院 計8名
8月6日、文化財の保存・修復の現場を見学するために来訪。企画情報部資料閲覧室、保存修復科学センター生物実験室及び同修復実験室を見学し、各担当者が業務内容について説明を行いました。

8月施設見学(2)

写場での説明(8月31日)

 ICCROM国際研修「紙の保存と修復」参加者 計13名
8月31日、ICCROM国際研修「紙の保存と修復」の一環として来訪。企画情報部写場、無形文化遺産部実演記録室、保存修復科学センター修復アトリエ、同修復実験室、同分析科学研究室及び同生物実験室を見学し、各担当者が業務内容について説明を行いました。

『美術研究作品資料 横山大観《山路》』刊行に向けての研究協議会開催

研究協議会の様子

 これまでたびたびお伝えしてきたように、当研究所では平成22年度より永青文庫との共同研究というかたちで、横山大観筆《山路》の調査研究を進めてきました。修理を機に行なった四度の作品調査を経て、いよいよその成果を一書にまとめるべく、調査研究に携わった方々を中心とする研究協議会を8月3日に当研究所で開きました。協議会では、塩谷も含め下記の方々(報告順、敬称略)が《山路》に関する各自の研究テーマについて報告を行い、企画情報部のスタッフも交えて互いに意見を交換しました。
竹上幸宏(国宝修理装こう師連盟)・荒井経(東京藝術大学)・平諭一郎(東京藝術大学)・小川絢子・三宅秀和(永青文庫)・林田龍太(熊本県立美術館)・佐藤志乃(横山大観記念館)・野地耕一郎(練馬区立美術館)
 報告の内容は修理報告や調査に基づく作品分析、発表時の批評の再検討など、多岐にわたるものでした。近代日本画の研究で、複数の研究者が一点の作品に絞って多角的に検証を行う試みは 先例がなく、画期的といえるでしょう。その成果は当研究所が逐次刊行してきた『美術研究作品資料』の第6冊としてまとめ、来春に刊行する予定です。

International Field School Alumni Seminar on Safeguarding Intangible Cultural Heritage in the Asia Pacific タイ王国ランプーン市

国際セミナー参加者

 この国際セミナーは、タイのthe Princess Maha Chakri Sirindhorn Anthropology Centreと日本のアジア太平洋無形文化遺産研究センターの共催で、2012年8月6日~10日に、タイ北部のランプーンで行われ、当研究所から無形文化遺産部の宮田がリソースパーソンとして招聘され参加しました。 セミナーには、タイをはじめ、カンボジア、ヴェトナム、中国、ブータンの各国から、若手の博物館関係者及び人類学研究者が集い、実践事例の発表と討議及び野外学習が実施されました。またリソースパーソンとしては、タイ、イギリス、アメリカ、日本から研究者が参加し、それぞれの発表を行うと共に、討議にも参加しました。参加者は、日頃の博物館等における調査・研究業務を通じて、各地域での無形文化遺産保護活動に具体的に関わっている人が多く、その具体的関心の高さを反映して、非常に活発で有意義な討議が行われました。また第一線の若手専門家の生の声を聞くことが出来たことは、リソースパーソンとして参加した者にも、大きな刺激となりました。このセミナーは、来年度以降も同様の形で継続する予定ですので、無形文化遺産部では、アジア太平洋無形文化遺産センターと連携しつつ積極的に参加し、日本の専門家として貢献していきたいと考えています。

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