研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS
(東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。
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記録撮影の様子
公開動画より
無形文化遺産部では、無形文化財に関する保存技術の継承に資するため、記録撮影・編集等を行い、可能なものについては公開しています。
このたび、琵琶製作者・石田克佳氏の琵琶製作の記録映像(短編・長編)を東京文化財研究所のHP上で公開しました(https://www.youtube.com/watch?v=9cVq4jMWZVY)。この記録映像は、平成29(2017)年7月~11月にかけて克佳氏による薩摩琵琶製作の全工程を調査・撮影し、その後、編集したものです。克佳氏は、現在ほぼ日本で1軒となった琵琶専門店「石田琵琶店」の五代目で、父・石田勝雄(四世 石田不識)氏(国の選定保存技術「琵琶製作修理」保持者)の技術を継承しています。
記録映像の長編では、技術の継承を意識して、使用する素材や道具についての情報もなるべく字幕で示しています。短編では、普及も念頭に置き、全体の製作工程を踏まえつつ、より手軽に視聴できるように編集しています。
当研究所が作成した記録映像は、許可なく複製、配布、改変、営利的に利用することはできませんが、当研究所にご連絡の上、所定の手続きを経て、展覧会や講座などで利用することができます。この琵琶製作の記録映像は、浜松市楽器博物館で現在開催中の企画展「琵琶~こころとかたちの物語~」(令和3(2021)年7月31日~12月7日)で、一部が活用されています。
協力:石田克佳氏/撮影:佐野真規(無形文化遺産部)・小田原直也氏/編集:市川昂一郎氏/監修補佐:曽村みずき氏/監修:前原恵美・佐野真規(以上無形文化遺産部)/製作: 東京文化財研究所
修復材料の種類と特性についての講義
生物被害対策実習における見学の一コマ
令和3(2021)年7月5日から9日の5日間の日程で「令和3年度博物館・美術館等保存担当学芸員研修(上級コース)」を開催しました。昨年度は文化財活用センターとの共催で本研修を開催しましたが、研修内容を明確化し、保存担当学芸員にとってより有益な研修となるよう、今年度は文化財活用センターが担当する「基礎コース」と東京文化財研究所が担当する「上級コース」とに分けて実施することになりました。
東京都にまん延防止等重点措置が出されている中で、検温、消毒、マスク着用を徹底し、コロナウイルス感染症対策を講じながら実施しました。
研修は保存科学研究センターの各研究室が1日もしくは半日単位で受け持ち、それぞれの専門性に沿った内容の講義・実習を行いました。上級コースはすでにこれまで博物館・美術館等保存担当学芸員研修を受けた方を対象にしているため、それぞれに自館の問題点や課題を認識して受講される方が多く見受けられました。最終日は昨今の災害を踏まえ、文化財の防災・減災に関する講義がなされました。博物館・美術館等でいかに災害に向き合い対策するか、文化財防災に対して果たす役割を考える貴重な機会となりました。
アンケート結果からも今後業務を行っていく上で助けとなる引き出しを増やすことができたなど、役に立ったとの意見が多く寄せられました。
今回、上級コースとして初めての開催となりましたが、本研修の課題等が見えましたので、来年度以降、よりよい研修となるよう改善していきたいと思います。
東京文化財研究所では文化財に関係する30を超えるデータベースをインターネット公開し、多くの方にご利用いただいております。これらのデータベースには、画家の日記や1930年代に撮影された文化財のモノクロの画像、1890年代に刊行された美術雑誌等の様々なデータを登録しています。
ところで当研究所ではインターネット公開するためのデータベースと、データを作成し、保存するための作業用のデータベースとを別々に運用しております。公開用のデータベースには、それほど多くの機能は求められませんが、24時間稼働し続ける安定性や頻繁なセキュリティ対策が求められます。一方、作業用のデータベースには、校正のための特殊なデータ操作や特定の文字列の一括置換等の高度なデータ操作の機能が求められます。
このように作業用と公開用のデータベースを分離する運用を当研究所では2014年頃より行っております。この間、使用ソフトウェアのバージョンアップやハードウェアの更新、外部データベースサービスの利用や担当者の交代等、データベースの開発と運用に影響を与える様々な出来事がありました。令和3(2021)年度第3回目の文化財情報資料部研究会では、改めてデータベースの現状について確認し、開発の方向性について検討いたしました。これらの議論を活かし、既存のデータベースを引き続いて公開するだけでなく、新しいデータベースの開発や利便性の向上に努めてまいります。
令和3(2021)年6月3日より東京文化財研究所ロビーにおいて、無形文化遺産部による令和3年度パネル展示「記録で守り伝える無形文化遺産」が始まりました。今回の展示の企画趣旨は、特に新型コロナウイルス感染症の流行によって無形文化遺産の多くが危機に瀕している中、記録することの重要性をさまざまな事例から知っていただくことにあります。
例えばコロナ禍によって古典芸能の演者は実演が激減し、深刻な苦境に立たされています。それでもなお感染対策を講じ、規模を縮小してでも継承を絶やさないよう努めています。また大手三味線メーカー「東京和楽器」が廃業の危機に陥ったニュースは、伝統芸能界に大きな衝撃を与えました。
民俗芸能や祭礼なども、コロナ禍で中止が余儀なくされています。年に一度の行事は一回休止しただけでも2年のブランクになるため、継承の危機が深刻な問題となっています。そしてさらに、自然災害や少子高齢化などに伴うリスクも、常に継承を脅かしています。特に自然の素材を利用する工芸や民俗技術などは、大きな影響を受けています。
こうしたさまざまなリスクで消失しかねない無形文化遺産を、記録によって保存することは重要な課題です。さらに現在の危機的状況を記録することも、今後の継承を考える際の拠り所となるでしょう。そして記録を発信することが継承への後押しになることも、この展示を通じて感じていただけたら幸いです。
発表の様子
発表スライド
新型コロナウイルス感染症の影響は長らく続いており、以前であれば大勢の関係者が一堂に会して行っていた会議などはオンラインで開催されることが多くなっています。北米美術図書館協会の年次大会も、昨年に続きオンラインで開催され、令和3(2021)年5月13日にゲッティ研究所と共同でBuilding Bridges: Working Together to Disseminate Japanese Art Literatureと題した発表を行いました。東京文化財研究所からこの大会で発表を行うのは初めての機会でした。当研究所では平成28(2016)年にアメリカのゲッティ研究所と共同研究に関する協定書を締結し、明治期の美術雑誌『みづゑ』をはじめ、明治から昭和初期の美術展覧会図録、江戸時代の版本など、東京文化財研究所の蔵書をデジタル化し、ゲッティ研究所が運営するヴァーチャル図書館であるゲッティ・リサーチ・ポータルに情報提供し、インターネット公開を進めています。発表ではこれまでの共同研究事業の経緯や成果について紹介し、各国の所蔵資料を横断検索することでもたらされる新たな視点を具体的に示しました。世界的に外出や移動が制限される中、オンラインで貴重な研究資料が随意に利用できるヴァーチャル図書館は、さらにその重要性を増しています。これからも国内外の研究機関と協力して、広く文化財の研究に役立つ情報発信を推進してまいります。
発表の様子
住吉廣行「酒呑童子絵巻」第6巻部分(ライプツィヒ民族学博物館蔵)
むかし大江山もしくは伊吹山に棲み、都で女性や財宝を略奪する悪業をはたらいていた酒呑童子という鬼が、源頼光ら武士によって征伐される物語を描く酒呑童子絵巻は、人気のある画題で数々の作品が残されています。有名な作品としては、サントリー美術館に所蔵される、狩野元信による3巻の絵巻物がよく知られています。今回の研究会では、「新出の住吉廣行筆「酒呑童子絵巻」(ライプツィヒ民族学博物館蔵)について」と題して、発表を行いました。この作品は6巻で構成され、明治15年(1882)に明治政府のお雇い外国人医師のショイベがドイツ帰国の際に持ち帰ったのち、全くその存在が知られていなかったものです。発表者は令和元(2019)年にライプツィヒにてこの作品を調査することができ、今回の発表では、この作品が徳川家第10代将軍・家治の養女であった種姫(1765〜94、実父は田安徳川家宗武、実兄は松平定信)が、紀州徳川家第10代藩主・治宝(1771〜1853)に嫁いだ際の嫁入り道具として天明6年(1786)に住吉廣行によって描かれた可能性があることを指摘しました。この作品の構成としては、狩野元信の3巻本の内容に前半が加えられているもので、今後の酒呑童子絵巻の研究において重要な作例と言えます。今後さらに研究を進め、研究資料として活用していくことを目指していきます。
蛍光X線分析による甲冑の調査風景
刈谷市歴史博物館からのご依頼により、同館が保管している「鉄錆地塗紺糸縅塗込仏胴具足・尉頭形兜」の分析調査を保存科学研究センター・犬塚将英が実施しました。この資料の中で、兜は昭和59(1984)年に刈谷市の指定文化財となりました。一方、胴などの兜以外の部位については、数年前に所在が明らかになったばかりです。それらの部位の損傷の度合いは兜と比較すると大変激しいのですが、平成31(2019)年に追加指定され、兜とともに刈谷市歴史博物館に寄託されました。
この資料については、今後、保存修復事業が実施されます。そのための基礎的なデータを収集するために、東京文化財研究所にて令和3(2021)年5月31日にX線透過撮影による構造調査と蛍光X線分析による顔料の調査を実施しました。
X線透過撮影で得られたX線画像からは、兜と胴の構造、構成している部材の枚数、鋲の位置と個数等の情報を得ることができました。また、サイズが大きくて立体構造を有する文化財に対して高い感度で分析をすることに特化された装置を使用して、兜の表面に用いられている薄橙色を呈する部分の蛍光X線分析を行い、用いられている顔料等の材料についての検討を行いました。これらの調査結果は、今後の修復作業の際の参考資料として活用される予定です。
入江長八による鏝絵(善福寺、東京)
ティチーノ様式によるスタッコ装飾
スタッコ装飾は、その様式や制作された目的こそ異なれ、世界中の様々な地域にその存在を確認することができます。文化遺産国際協力センターでは、令和3(2021)年度より、運営費交付金事業「文化遺産の保存修復技術に係る国際的研究」の一環として、スタッコ装飾に関する研究調査を開始しました。これは、スタッコ装飾が発展や衰退を繰り返しながらどのように各地域に伝播したのかその軌跡をたどるとともに、今日、それらの保存修復に向けた取り組みが各国でどのように行われているのかを把握、検証することを目的としています。5月29日には欧州を中心にスタッコ装飾の保存に携わる専門家の方々に参加いただき、オンラインによる意見交換会を行いました。
意見交換では、地中海沿岸地域や16世紀から18世紀にかけて欧州におけるスタッコ装飾の礎を築いたスイスのティチーノ地方におけるスタッコ装飾についての話題提供があり、日本からは、伝統的な漆喰を用いて作られる鏝絵(こてえ)や、幕末から明治時代にかけて西洋建築を真似て造られた擬洋風建築とともに普及した漆喰彫刻の技法や材料、現在の維持管理状況などについて、これまでの研究調査で分かったことを紹介しました。
参加した専門家からは、国や時代の違いを超えて技法や材料に多くの共通点が見出せることに驚きの声があがるとともに、維持管理に関する課題にも類似点が多いことから、現状の改善に向けた保存修復方法について、共同で検討を重ねていくことで合意しました。
今後、国内での研究調査を継続するとともに、海外の研究協力者を募り、研究対象地域を拡大させていく予定です。そして、意見交換や研究成果の共有を通じて情報を蓄積し、スタッコ装飾に対する理解を深めるとともに、その保存と継承についてともに考える場としていきたいと思います。
国宝 天刑星(辟邪絵のうち) 一幅 奈良国立博物館所蔵(画像提供 奈良国立博物館)
オンラインでの質疑応答の様子
奈良国立博物館ほかに所蔵される国宝「辟邪絵」は、平安時代末期、後白河法皇のころに制作されたものと考えられ、「地獄草紙」とともにこの時代を代表する作品としてよく知られていますが、その画題や制作背景についてはいまだ検討の余地が残されています。令和3(2021)年度第1回目の文化財情報資料部研究会では、神奈川県立金沢文庫・主任学芸員の梅沢恵氏に「「辟邪絵」の主題についての復元的考察」というタイトルでご発表いただきました。梅沢氏はこの作品の主題が「鬼神にとっての地獄」であることを論述されていますが(梅沢恵「矢を矧ぐ毘沙門天と『辟邪絵』の主題」『中世絵画のマトリックスⅡ』青簡舎、2014年)、今回のご発表では、近年知られるようになった、一連の絵巻の一部と見られる新出の詞書を含めて詳細な分析をおこない、作品全体の構想について再考し、表現の根底にある宗教的思想や時代的な趣向について考察されました。研究会は新型コロナウィルス感染症拡大防止の対策を取りながらオンライン形式でおこないましたが、リモートでの参加者からも活発な質疑応答がおこなわれました。人の移動が制限されている状況ではありますが、十分な対策を講じた上で、研究活動を継続してまいります。
講演の様子
サテライト会場の様子
令和3(2021)年3月25日に、東京文化財研究所副所長・山梨絵美子による講演「白馬会の遺産としての『日本美術年鑑』編纂事業」を行いました。当研究所が刊行している『日本美術年鑑』(以下、年鑑)は、現在は2年前の1年間の美術界の動きを1冊にまとめたもので、「年史」「美術展覧会」「美術文献目録」「物故者」によって構成されています。当研究所での刊行は1936(昭和11)年からで、戦中戦後の困難な時期にも継続されて今日に至っています。年鑑の独特の構成は、美術評論家で黒田清輝や久米桂一郎とも親交の深かった岩村透(1870-1917)の発案になるもので、その後の経緯と変遷について、山梨の近代日本美術史研究者としての視点や、永年の経験をふまえて講演が行われました。美術展覧会の増大や「美術」の範囲が拡大している昨今では、様々な問題もありますが、継続するための課題についての問題意識を共有し、当研究所のような公的機関が年鑑の刊行を継続する意義について強調され、講演を終えました。新型コロナウイルス感染症拡大防止のため、講演会はオンラインで行い、参加者はサテライト会場とした研究所内のセミナー室や、各自の職場や自宅から講演を視聴しました。また講演の映像を4月30日までの期間限定で、東京文化財研究所Youtubeチャンネルで公開しました。山梨は3月末日をもって当研究所副所長を退任、4月からは客員研究員に着任され、今後も当研究所の活動に協力して頂きます。
久米桂一郎日記データベース、明治32(1899)年1月4日の条
黒田清輝《佐野昭肖像》 東京国立博物館蔵
洋画家の久米桂一郎(1866~1934年)は、盟友の黒田清輝(1866~1924年)とともに日本近代洋画の刷新に努めた画家として知られています。その画業を顕彰する東京、目黒の久米美術館には久米の日記が残されており、すでに『久米桂一郎日記』(平成2年、中央公論美術出版)が公刊されていますが、同美術館と当研究所の共同研究の一環として、3月25日より同日記の内容を、下記のURLにてCMSのWordPressを用いたデータベースとしてウェブ公開を始めました。
https://www.tobunken.go.jp/
materials/kume_diary
日記はフランス語で記された箇所もあり、本データベースには明治25(1892)年までに記された仏文と、客員研究員の齋藤達也氏による邦訳も載せています。また、すでにウェブ上で公開している黒田清輝日記のデータベースと連携させ、記載年月日が重なる記述については、黒田・久米の日記の双方を参照できるようにしました。たとえば明治32(1899)年の正月を黒田と久米は静岡の沼津で迎えていますが、1月4日の日記に久米は「黒田佐野ノ像ヲ写ス」、黒田は「佐野の肖像をかく」と記していることがわかります。「佐野」とは黒田や久米と親交のあった彫刻家の佐野昭(1866~1955年)。この時、黒田が佐野を描いた肖像画は、令和元年度に黒田記念館(東京国立博物館)の所蔵品となっています。黒田と久米の日記の記述、そして現存する作品が結びついた興味深い例といえるでしょう。
なお、同じく久米美術館との共同研究の成果として、『美術研究』第433号に塩谷純・伊藤史湖(久米美術館学芸員)・田中潤(客員研究員)・齋藤達也「書簡にみる黒田清輝・久米桂一郎の交流(一)」を掲載しました。これは久米美術館と当研究所が所蔵する、黒田と久米の間で交わされた書簡をリスト化し、その概要を総覧できるようにしたものです。久米日記のデータベースと併せ、日本近代洋画研究の便となれば幸いです。
イシャリ撮影時の留意点の解説
注口土器の撮影実習
縞帳の撮影実習
文化財の記録作成(ドキュメンテーション)は、文化財の調査研究や保護、さらには活用を行う上で必要な情報を取得する行為です。特に、写真からは、文字のみでは伝えきれない詳細な情報を読み取ることができ、適切な撮影条件を設定することで、より多くの情報の記録が可能です。
このような文化財の記録としての写真撮影の実務について、令和3(2021)年3月12日に東北歴史博物館(宮城県多賀城市)において、宮城県博物館等連絡協議会加盟館を対象に、標記のセミナーを開催しました。セミナーは東京文化財研究所、東北歴史博物館及び宮城県博物館等連絡協議会の共催で、同協議会の令和2年度第2回研修会でもあります。開催にあたっては、マスクの着用、参加者間の距離の確保、換気など、新型コロナウイルス感染防止対策が取られました。
当日は午前中の講義に続き、午後は縄文時代晩期の注口土器、伝統的なタコ釣りの仕掛けであるイシャリ、縞帳(縞模様の着物地の見本帳)など、東北歴史博物館の収蔵品を用いた撮影実習を行い、当研究所専門職員の城野誠治が講師を務めました。実習の参加者の皆様にはカメラを持参いただき、ライトやレフ板などの機材は館にお借りしました。実習で特に強調したのは、光の扱いの重要性です。館の方が手作りしたレフ板にライトを当て、反射させた光で被写体を照らし、観察を妨げる濃い影を消す手法など、いずれも既存の、あるいは安価な機材で実現できるものでした。参加者の皆様は熱心に実習に取り組まれ、学んだことを同僚にも伝えたい、業務で使ってみたいとのご意見を多くいただきました。
多くの有益な示唆を与えてくださった共催機関の皆様、参加者の皆様に深く感謝いたしますとともに、今回の経験を生かしてセミナーを開催していきたいと考えています。
特設ウェブサイト
宇陀紙の製造(映像)
補修紙の製造(映像)
東京文化財研究所では平成2(1990)年より在外日本古美術品保存修復協力事業を進めており、ヨーロッパ、北米、オーストラリアなど各地の美術館が所蔵する385点の絵画や工芸作品の保存修復をおこなってきました。当初の計画では令和2(2020)年度にこの修復事業で修復した作品を里帰りさせ、修復の技術、材料や道具などとともに紹介する展覧会を開催することを計画して準備を進めてきましたが、新型コロナウイルス感染症拡大防止のため、展覧会は延期することとなりました。
人やものの移動が制限される状況下でもできることとして、このたび特設ウェブサイトを制作・公開しました。このサイトでは、展示を予定していた日本美術の作品紹介、作品を所蔵する欧米の美術館の紹介、そしてこれまでに修復を行った作品のリストを検索可能なデータベースの形で公開し、報告書がすでに刊行されているものについては、その本文を閲覧できるようにしました。さらに文化財の修復に必要な伝統的な材料は数多くありますが、その中から、掛軸の表装で最背面に用いられる総裏紙として使われる宇陀紙と、本紙(絵や書が書いてある作品の紙)に欠損箇所を補修するための補修紙について、映像で紹介しています。これらは国の選定保存技術に認定されているものです。日本の伝統文化と自然環境の中で、さまざまな知恵と工夫が結集して伝統的な技術が継承され、文化財が守られているということをご理解いただける映像作品になっています。ぜひご視聴ください。なお本展覧会の準備およびウェブサイトの制作は、日本博事業として実施しました。
https://www.tobunken.go.jp/exhibition/202103/
報告書の表紙
東京文化財研究所では、明治期から昭和期に発行された2,565件の売立目録を所蔵しており、公的な機関としては最大のコレクションとなっています。そうした売立目録については、平成27(2015)年から東京美術倶楽部と共同で、売立目録のデジタル化をおこない(2015年4月の活動報告https://www.tobunken.go.jp/
materials/katudo/120680.htmlを参照)、令和元(2019)年5月から「売立目録デジタルアーカイブ」として公開を開始しました(2019年4月の活動報告https://www.tobunken.go.jp/
materials/katudo/817096.htmlを参照)。また、このデジタルアーカイブを広く知っていただくため、令和2(2020)年2月25日には「売立目録デジタルアーカイブの公開と今後の展望―売立目録の新たな活用を目指して―」と題した研究会を開催し、所内外から4名が発表したほか、研究会に参加した各地の学芸員や研究者とディスカッションや質疑応などをおこない、大きな反響を得るとともに好評を博しました。(2020年2月の活動報告https://www.tobunken.go.jp/materials/katudo/822921.htmlを参照)。
そこで、同研究会の内容を中心に据えつつ、当研究所の重要なコレクションとして長年閲覧に供されてきた売立目録の意義や、デジタル化の経緯についての内容を追加し、5年間の売立目録デジタル化の成果を研究報告書として刊行しました。その内容には、事業概要として「売立目録デジタルアーカイブの概要 安永拓世(東京文化財研究所主任研究員)」、論考として「彫刻史研究と売立目録 山口隆介(奈良国立博物館主任研究員)」、「土方稲嶺展(於鳥取県立博物館)での売立目録の活用と展開 山下真由美(細見美術館学芸員)」、「売立目録の「見かた」と「読みかた」―工芸作品を例とした売立目録デジタルアーカイブの活用について― 月村紀乃(ふくやま美術館学芸員)」「売立目録デジタルアーカイブから浮かび上がる近世絵画の諸問題 安永」、報告として「東京文化財研究所における売立目録収集と公開の歩み 中村節子(東京文化財研究所資料閲覧室元職員)」、「売立目録デジタル化事業におけるシステムの役割について 小山田智寛(東京文化財研究所研究員)」を収録しています。
同報告書は、年度末に全国の主要な博物館・美術館・図書館・大学等には寄贈分を発送しましたので、ご興味のある方は、近隣の図書館などで閲覧していただければ幸いです。
研究会の様子
保存科学研究センターの研究プロジェクトである「保存と活用のための展示環境」では、照明に関する研究の総括として令和3(2021)年3月4日に『「保存と活用のための展示環境」に関する研究会―照明と色・見えの関係―』を開催しました。これまでは博物館・美術館等の展示照明に焦点を当てた、文化財の保存を考えた照明のあり方に関する事例報告が主でしたが、今回は少し視点を変え、これまであまり文化財の分野では触れられてこなかった、保存とは少し異なる観点の照明について専門の先生方よりご報告いただきました。
まず、これまで本プロジェクトの中心で研究を進めてこられた佐野千絵氏(東京文化財研究所名誉研究員)に保存科学研究センターにおける照明研究の流れを導入としてお話しいただきました。次に、視覚科学・視覚工学・視覚情報処理・色彩工学をご専門とされる溝上陽子氏(千葉大学大学院工学研究院)、建築光環境の評価手法の開発についての研究をされている吉澤望氏(東京理科大学理工学部建築学科)、視覚情報処理や色彩・照明工学・画像処理に関して研究を進められている山内泰樹氏(山形大学大学院 理工学研究科)にご講演いただき、多岐にわたる内容となりました。
コロナ禍で緊急事態宣言が出され、120名入るセミナー室で最大30名の収容という制約の中、対面での研究会は非常に有意義なものとなりました。参加者からは、対面で話を伺えて有意義だった、照明に関する理解が深まった等の意見が寄せられ、満足度の高い研究会になったことが伺えました。一方、今回の研究会は新型コロナウイルス感染拡大防止のため、関東近郊の美術館・博物館等に限定して研究会の案内をしました。そこで、研究会の内容を録画し、東京文化財研究所のYouTubeチャンネルで期間限定公開をすることにしました。今回、参加できなかった遠方の方々にもこの機会に広く視聴していただければと思います。
期間限定公開(令和3年5月10日~7月30日)
https://www.youtube.com/watch?v=UQp68KyNvVQ
開梱作業風景
海外の美術館、博物館には多数の日本美術品が所蔵されています。しかしほとんどの館には日本美術品の修復を手掛けることのできる技術者がいないため、劣化や損傷が進行しているにもかかわらず適切な処置を講じることができずにいます。在外日本古美術品保存修復協力事業では海外にある作品を調査し、その中から文化財的な価値が高く、かつ修復の緊急度も高いと判断した作品を所蔵館と協議の上で一度日本に持ち帰り、国内で万全な体制のもと修復を行ったのち返却しています。
カナダで最も古い美術館であるモントリオール美術館は、1879年の開館以来移転や拡張を経て現在では45,000点以上の作品を所蔵しており、その中には日本の作品も数多く含まれています。平成30(2018)年に実施した現地調査の結果にもとづき、今回、同館所蔵の「熊野曼荼羅」(絹本着色掛軸、一幅)および「三十六歌仙扇面貼交屏風」(金地着色屏風、六曲一双)の2件を対象として保存修復を行うこととしました。
作品の搬送に所蔵館担当者が随伴できないなど、新型コロナウィルス禍の影響を受けつつも、令和3(2021)年3月に無事日本へ作品を輸入することができました。今後、現状調査ならびに高精細画像撮影を含むドキュメンテーションを皮切りに一連の保存修復作業に着手する予定です。
研究会風景
羅漢図
令和3年(2021)2月25日、第8回文化財情報資料部研究会が開催され、米沢玲(文化財情報資料部)と安永拓世(同)が、光明寺(東京都港区)が所蔵する羅漢図についての調査報告をそれぞれ行いました。
報告を行った羅漢図は昨年の調査によって見出されたもので、明治28年の『國華』74号掲載の作品紹介の記事により、美術鑑定家・片野四郎(1867~1909)が旧蔵者であることが判明しました。米沢は「片野四郎旧蔵の羅漢図について―図様と表現の考察―」と題して城野誠治(文化財情報資料部)が撮影した高精細画像と赤外線写真を交えながら作品を紹介し、図様について、天部像を礼拝する羅漢とその従者であること、画面の上方には極楽浄土を象徴する迦陵頻伽と共命鳥が描かれていることを報告しました。また、表現については中国大陸で制作されたと考えられ、作品の様式的検討から元時代の作例である可能性を指摘しました。安永からは「片野四郎旧蔵「羅漢図」の近代における一理解」として、旧蔵者である片野四郎と父・片野邑平の事績、そして片野親子と交流した人々に関する詳細な報告がなされました。片野四郎は江戸青山の紀州藩邸で生まれ、帝国博物館美術部に勤務するなど我が国の黎明期における文化財行政に深く関わった人物で、古美術品の収集にも熱心でした。本羅漢図は、邑平の没後に売却され侯爵・井上馨が購入したことが売立目録や他の資料との照合から判明します。さらに安永は、本羅漢図がその構図によって平安時代の画家・巨勢相覧の作であることが伝承されていたことを指摘し、近世から継承された近代的な羅漢図の理解という側面についても考察を加えました。
当日の研究会はオンライン併用で開催され、コメンテーターとして梅沢恵氏(神奈川県立金沢文庫)・塚本麿充氏(東京大学)・西谷功氏(泉涌寺)をお招きし、それぞれの専門的見地から貴重なコメントをいただき、質疑応答の場では活発な意見交換がなされました。作品の保存状態や制作地・年代に関する諸問題は残されているものの、図様と表現の検討に加えて、伝来や近代的な羅漢図の理解という多方面からの報告がなされ、非常に充実した研究会となりました。
無形文化遺産部では、2月1日より「斎藤たま 民俗調査カード集成」の公開をはじめました。本データベースは、民俗学者 斎藤たま氏(1936~2017)が作成した調査カードをアーカイブしたものです。https://www.tobunken.go.jp/materials/saito-tama
たま氏は1970年代から日本全国の野辺歩きをはじめ、現在わかっているだけでも北海道から沖縄まで2500を超える地域を訪ねて民俗調査を行ってきました。その調査対象は植物、動物、まじない、遊び、言葉、年中行事、人生儀礼など多ジャンルに及び、聞き取り内容を整理した調査カードは総数およそ4万7千枚に及びます。いずれも暮らしに身近で、ややもすると見逃しがちな民俗を対象にしているのが特徴であり、現在では失われてしまった民俗事例も数多くあります。
これらのカードは、たま氏の書籍を数多く刊行している論創社に預けられていたもので、たま氏の研究をされてきた民俗学者・岩城こよみ氏の仲介により、2017年に東京文化財研究所でお預かりすることになりました(詳しい経緯については 狩野萌2018「〔資料紹介〕斎藤たまの調査カード」『無形文化遺産研究報告12』を参照)。
無形文化遺産部ではこの貴重な仕事を後世の私たちが十全に活用できるようにするため、カード画像の閲覧や、キーワードや分類、地名による検索ができるシステム作りを進めてきましたが、このたび、ご遺族のご厚意により、その成果の一部を公開することが叶いました。カードの整理作業は現在も続けており、毎月15日頃を目途に順次、内容を追加・更新していく予定です。
調査カードに記されたひとつひとつの情報は些細で小さなものにすぎません。しかし、それが集積された時に見えてくる世界はきわめて豊かです。このアーカイブの公開により、たま氏の功績にふたたび光があたるとともに、豊かな民俗世界の実態について、さらなる理解が深まることを期待したいと思います。
令和3(2021)年2月16日に東京文化財研究所と奈良文化財研究所による古墳壁画保存対策プロジェクトチーム会議を開催しました。古墳壁画保存対策プロジェクトは国宝高松塚古墳壁画と国宝キトラ古墳壁画の恒久保存を目的とした、二研究所が長年主軸となって推進してきたプロジェクトであり、現在は4つのチーム(保存活用班、修復班、材料調査班、生物環境班)に分かれて調査研究を行っています。今年度2回目であるこの会議は、新型コロナウイルス感染症拡大防止として発出された緊急事態宣言下での開催であったため、東京文化財研究所、奈良文化財研究所、文化庁をオンラインでつないで開催しました。
会議では、古墳発掘調査区の三次元復元モデルの作成や壁画の状態確認、非接触による壁画の光学分析、キトラ古墳壁画保存管理施設および国宝高松塚古墳壁画仮設修理施設の温湿度や微生物のモニタリング結果について各班から報告があり、それらをもとに慎重な議論が進められました。会議で集約された報告内容は、令和3(2021)年3月23日に開催された第28回古墳壁画の保存活用に関する検討会で公表され、検討会委員から今後の研究や活動の方向性についてご指摘やご助言をいただきました。
検討会の配布資料や議事録につきましては、文化庁HPに掲載していますので、興味のある方は下記リンクよりご覧ください。
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/kondankaito/takamatsu_kitora/hekigahozon_kentokai/index.html
高松塚古墳壁画の修理は令和元(2019)年度末で完了し、公開するのに適した新しい施設の設置が検討されています。仮設修理施設から新しい公開施設への移動に伴う、壁画への負荷や環境変化など検討する事項は数多くありますが、これまでの両壁画の恒久保存に関する調査研究と併せて、プロジェクトチームで検証していく予定です。
上野直昭(左)と高裕燮(1930年代前半)
『高裕燮全集』3 (韓国美術史及美学論攷) (ソウル:東方文化社, 1993年)、口絵図版より引用
研究会の様子
大阪市立美術館の館長や東京藝術大学の学長等、数々の要職を歴任した上野直昭(1882~1973)は、美学・美術史学者としての研究活動はもとより、大学での教育や美術館・博物館の運営、文化財の保護等、多方面にわたって美術界に貢献した人物です。当研究所の名誉研究員で直昭の次女である上野アキ(1922~2014)が亡くなった後、直昭関係の資料は東京藝術大学に寄贈され、現在は同大学美術学部の近現代美術史・大学史研究センターの所轄となっています。
1月28日に開催された文化財情報資料部研究会では、この上野直昭資料の整理・調査にあたられた大西純子氏(神奈川大学国際日本学部非常勤講師)と田代裕一朗氏(五島美術館学芸員)にご発表いただきました。昨年度まで上記センターの前身である教育資料編纂室におられた大西氏による発表「上野直昭資料について 日本美術史との関係を中心として」では、同資料の全容や資料を通して浮かび上がる広範な人的ネットワークが示されました。また田代氏の発表「上野直昭資料から発見された高裕燮直筆原稿について」では、同資料のうち、現在韓国で美術史研究の父と称される高裕燮(コ・ユソプ 1905~44)の書簡や直筆原稿が紹介されました。上野直昭は大正末年から昭和初年にかけて京城帝国大学の教授を務めており、高裕燮は同大学在学時に上野に師事しています。紹介された資料からはその交流とともに、韓国での考古学・美術史学研究の草創期の様子がうかがえ、とりわけ高裕燮が力を注いだ石塔研究の発展過程を辿る上で貴重な資料であることが田代氏の発表で明らかにされました。
今回の研究会は新型コロナウイルス感染拡大を受けての緊急事態宣言の発令中ということで、文化財情報資料部研究会としては初めてオンライン併用による開催を試みました。韓国をふくむ遠隔地在住の研究者にもご参加いただき、オンラインによるメリットを生かした研究会となりました。