平蒔絵とされる技法で用いられる金属材料の形状―文化財情報資料部研究会の開催

研究会の様子

 平成30(2018)年10月2日に開催した本年度第5回文化財情報資料部研究会では、金沢大学の神谷嘉美氏より、「平蒔絵とされる技法で用いられる金属材料の形状―南蛮漆器での事例を中心に」と題した発表が行われました。
 平蒔絵技法は安土桃山時代に始まった蒔絵技術の一つです。それまでの主流であった研出蒔絵技法や高蒔絵技法に比べ、絵漆で描いた文様の上に金銀粉を蒔く簡略な技法であり、高台寺様式の蒔絵作品や、欧米への輸出品としてヨーロッパ人の注文により京都で造られた南蛮漆器などに利用された技法であると考えられています。
 今回の発表は、国内外に所蔵される17世紀代の南蛮漆器や南蛮漆器類似作品から落下した塗膜片に加え、自身で制作された蒔絵漆器などを比較事例として、それらに使われている金属粉の形状を走査型電子顕微鏡(SEM)による詳細な非破壊観察を行ったうえで、その由来材料などを検討、報告されたものです。
 その結果、南蛮漆器では金属塊を削った蒔絵丸粉が使われているものもありましたが、金箔由来の粉が使われている作例が初めて確認され、それが主体となっていた可能性すら推測されました。このことは、江戸時代初期輸出漆器の制作技術や制作者・工房の実態に対する再検討をせまると同時に、いわゆる消粉蒔絵の出現経緯や歴史を考えるうえでも重要な事実です。
 当日は、重要無形文化財保持者(蒔絵)の室瀬和美氏や在京の漆工史研究者にもご参加いただき、報告された金属粉がどのような素材に由来する粉であるのか、職人絵に描かれた蒔絵師との関係や実証的な蒔絵技術史研究の必要性、さらには蒔絵の定義自体に関する問題点など、盛んな議論が行われました。
 本発表では、電子顕微鏡による落下塗膜片への観察手法が、漆器制作技術、特に蒔絵技法の検証に高い有効性を持つことが示されました。今後は報告諸事例の確実な位置づけや意味づけに向けた更なる分析事例の蓄積と検討が大いに期待されます。また金属粉は漆工芸のみならず絵画にも広く利用された材料の一つであることから、本研究の深化は絵画技法史の実態解明にも寄与する可能性があるものだと言えるでしょう。

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