亀井伸雄所長ご逝去

 平成22(2010)年4月から当研究所所長を務められた当研究所亀井伸雄氏が平成30(2018)年7月17日に胃がんの為、逝去されました。亀井所長は亡くなる直前まで当研究所の発展のためご尽力されました。亀井所長は、東京大学工学部建築学科を経て、同大学院工学系研究科博士課程都市工学専門課程を昭和48(1973)年3月に修了され、同年4月に文化庁文化財保護部建造物課技官となられました。昭和50(1975)年から奈良国立文化財研究所、昭和59(1984)年から奈良市教育委員会、平成15(2003)年4月から都城工業高等専門学校校長を務められた後、平成17(2005)年に文化庁に戻られて文化財鑑査官となり、平成20(2008)年に財団法人文化財建造物保存技術協会常務理事を務められました。文化庁では、登録文化財制度の普及に努められ、また、重要伝統的建造物群保存地区の選定、修理・修景に大きな役割を果されたほか、「ふるさと文化財の森構想」を開始して建造物の保存修理に必要な桧皮などの資材確保を図られました。平成7(1995)年1月17日の阪神淡路大震災にあたっては、主任調査官として被災文化財復旧事業においてリーダーシップを発揮されました。
 平成22(2010)年4月から平成25(2013)年3月まで国立文化財機構理事・当研究所所長を併任され、理事ご退任後も所長を務められました。着任初年度末の東北地方太平洋沖地震に際しては、文化庁が立ち上げた被災文化財救援委員会委員長となり、全国から延べ6800名ほどが参加した2箇年におよぶ文化財レスキュー活動を成功に導かれました。
 本務のほか平成29(2017)年から文化審議会文化財分科会長として、「文化財の確実な継承に向けたこれからの時代にふさわしい保存と活用の在り方について」の提言をまとめ、専門とする建造物のみならず、広く文化財全般の保護継承に尽力されました。
 本年3月の文化財保護法改正など、文化財保護行政が変化していく中、亀井所長を失いましたことは大きな悲しみですが、故人の文化財保存継承への遺志を引き継いで参りたいと思います。

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