文化財情報資料部研究会の開催―黒田清輝宛、山本芳翠の書簡を読む

明治28年4月5日付、黒田清輝宛山本芳翠書簡より
清国から犬一匹と水仙一鉢を持ち帰った芳翠自身の姿が描かれています。

 当研究所はその創設に深く関わった洋画家、黒田清輝(1866~1924年)宛の書簡を多数所蔵しています。黒田をめぐる人的ネットワークをうかがう重要な資料として、文化財情報資料部では所外の研究者のご協力をあおぎながら、その翻刻と研究を進めていますが、その一環として12月8日の部内研究会では、福井県立美術館の椎野晃史氏に「黒田清輝宛山本芳翠書簡―翻刻と解題」と題して研究発表をしていただきました。
 明治前期を代表する洋画家の山本芳翠(1850~1906年)は、フランス留学中、法律家を志していた黒田に洋画家になることを薦めた人物として知られています。帰国後も自分の経営していた画塾生巧館を黒田に譲り、また黒田の主宰する白馬会に参加するなど、その親交は続きました。当研究所にはそうした日本での交遊のあとを示す、14通の黒田宛芳翠の書簡が残されています。うち9通は明治28(1895)年の消印があり、ともに画家として従軍した日清戦争から帰国した直後の制作活動や、黒田が第4回内国勧業博覧会に出品して裸体画論争を引き起こした《朝妝》についての所感が記されています。なかには清国から帰国したばかりの芳翠自らの姿を描きとめるなど、ほほ笑ましいものもあります。在仏中にパリの社交界を沸かせるほどの快活な性格で知られる芳翠の、帰国後の心性がうかがえる、注目すべき一次資料といえるでしょう。研究会では、ひと回り以上年下ながら洋画界のトップに登り詰めた黒田清輝と芳翠の画壇での立ち位置にも話が及び、その胸中に思いを致すこととなりました。

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