北前船交易によって伝来したイナウ資料の調査

輪島市門前町に伝来するイナウ奉納額
青森県深浦町に伝来するイナウ3点

 今年度より、本州以南に現存するイナウ資料(アイヌ民族の祭具)の調査を行っています。北前船の寄港地として栄えた日本海側の港町には、北方交易によってもたらされたと考えられる近世から明治期にかけてのアイヌ関連資料が数多く伝来しています。このうち、石川県や青森県などでは神社仏閣に奉納されたイナウがあることがわかり、現在、石川県立歴史博物館の戸澗幹夫氏、北海道大学アイヌ・先住民研究センターの北原次郎太氏と共に調査を進めています。
 これまでの調査で、石川県輪島市門前町では明治20~23年の銘のある4点のイナウ奉納額が、同県白山市では明治元年の銘のあるイナウ奉納額1点が見つかっています。これらの額には「奉納」「海上安全」などの銘文が墨書されており、北前船の船主が航海の安全を祈念して(あるいは感謝して)奉納したものと考えられます。また北前船の重要な風待ち港であった青森県深浦町には27点もの年代不詳のイナウが伝来しており、やはり海の信仰に関わって奉納されたものと推測されます。
 こうしたイナウは従来あまり知られていませんでしたが、国内に現存するものとしては、近藤重蔵が寛政10年(1798)に収集したとされるイナウ、東京国立博物館所蔵資料(明治8年)、北海道大学植物園所蔵資料(明治11年)に次いで古い、大変貴重な資料と位置づけられます。また本資料は、北前船の船主がアイヌの人々の祭具であるイナウを本州まで大切に持ち帰り、地域の寺社に奉納して今日まで守ってきたことを示すものであり、北方交易による和人とアイヌの交流の実態を映すものとしても、大変示唆に富んだ資料と言えます。日本海沿岸の地域には、こうした未発見のイナウ資料がまだ残されている可能性があり、今後も関係諸機関と連携しながら調査を続けていく予定です。

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