新海竹太郎関係資料の受贈とガラス乾板のデータベース公開

新海竹太郎《鐘ノ音》(1924年作)制作のための写真
今回受贈した新海竹太郎関係資料より。竹太郎は《鐘ノ音》制作のために、自分の作品の鋳造をいつも頼んでいた阿部胤斎にモデルになってもらいました。その折に、さまざまな角度からモデルの姿を撮影した写真が残っています。
新海竹太郎関連ガラス乾板データベース、《鐘ノ音》の検索結果

 新海竹太郎(1868~1927年)はヨーロッパで彫刻を学び、《ゆあみ》(1907年作 重要文化財)をはじめとする作品を発表、日本彫刻の近代化に大きく貢献した彫刻家として知られています。昨年11月の活動報告でもお伝えしたように、竹太郎の孫にあたられる新海堯氏より、主にその作品を撮影したガラス乾板一式を当研究所へご寄贈いただいておりましたが、このたび新たに自筆ノートや制作に関する写真・書類等、竹太郎にまつわる資料一式をご寄贈いただくことになりました。同資料については、寄贈を仲介していただいた田中修二氏(大分大学教育福祉科学部准教授)の著書『彫刻家・新海竹太郎論』(東北出版企画、2002年)の中でも言及され、竹太郎の制作活動を解明する上で重要な資料であることが知られています。今回の寄贈を機に、田中氏にはあらためて同資料について、当研究所の研究誌『美術研究』でご紹介いただく予定です。また同資料には竹太郎と親交のあった明治期の仏教美術研究者、平子鐸嶺(ひらこたくれい)(1877~1911年)のノートも含まれており、日本近代彫刻史のみならず仏教美術史の観点からも今後調査を進めていきたいと思います。
 なお昨年ご寄贈いただいたガラス乾板については画像をデジタル化し、当研究所のホームページ上にてデータベースとして公開を始めました。
 (http://www.tobunken.go.jp/materials/sinkai)本サイトは企画情報部研究補佐員の小山田智寛の作成によるもので、竹太郎の作品および竹太郎が郷里の山形で師事した細谷風翁(ほそやふうおう)・米山(べいざん)父子の南画を撮影したガラス乾板182枚のデジタル画像を公開、作品名等の文字検索も可能です。竹太郎の代表作はもちろん、今日では現存しない作品の画像も含まれておりますので、ぜひご活用ください。

/
to page top