来訪研究員金子牧氏による研究発表

 昨年7月から1年間、企画情報部来訪研究員として調査研究を行ってこられたカンザス大学美術史学部アシスタント・プロフェッサーの金子牧氏が来訪期間を終えるにあたり、6月28日に企画情報部研究会において成果発表を行いました。金子氏はアジア太平洋戦争および戦後という時代が美術家たちの制作にどのように表出されるかを追及しておられ、その調査の中で浮かび上がってきた興味深い問題のひとつとして素朴な貼り絵で知られる山下清(1922-71)を巡る評価の変遷に着目し、「「国民的画家」の表出:アジア・太平洋戦争期と戦後の「山下清ブーム」と題して発表されました。
 山下清が最初に注目を集めた時期は日中戦争勃発から1年目にあたる1938年から1940年までの二年間で、その頃は知的障害を持ちながら優れた造形力を示す「日本のゴッホ」といった位置づけであったのに対し、戦中を経て再度注目された1950年代半ばには無垢な感性で牧歌的な郷愁を誘うイメージをつむぐ「国民的な画家」として語られていきます。
 金子氏はそうした山下清像に、戦争に向かって総力戦体制を構築していった1930年代後半、そして「もはや戦後ではない」と言われ、戦争の記憶が様々な形で甦った1950年代、という二つの時代の社会状況が反映されているのではないか、と指摘されました。
 狭義の「美術」という枠を超え、視覚表象の受容のあり方から社会を分析しようとする興味深い試みでした。金子氏は6月末に当所での調査を終え、帰国されました。

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