白馬会瞥見

  • マツ
  • 東京朝日新聞
  • 1910(明治43)/05/22
  • 6
  • 展評

洋画会に覇を称する白馬会と太平洋画会とは相前後して上野竹の台陳列館に絵画展覧会を催す事になつた白馬会は本月中旬より太平洋画会は本日より開いて各自其特長を競といふのは蓋し斯道の研究上大に資する所があらう、白馬会が今回の呼物は湯浅藤島両氏の帰朝土産である之を外にしては研究所生徒の習作が主で黒田岡田其他の幹部諸氏の小品もある、総出品六百五十七点といふ大多数だが細かい作品が多い夫でも殆んど配列に困つたらうと思ふ程犇々と押合つて居る、仮令生徒の習作を採るにしても今少し何とか制限を附て観者の疲労と倦怠とを防いで貰ひたい、併し出品数の多いのは一方には洋画界の門派が甚だしく膨脹して来た一現象と見れば斯界の爲め慶すべき事である、瞥見した中で二三素人評を記せば青山熊治氏の「アイヌ」は大作として可成整つて居る、男女のアイヌが爐を囲みて酒宴を開いて居る人物の表情も申分なく爐火に映じた一老人の体格や皮膚の色も成功と云つてよい、爐の火炎は少し強烈に過た、熊谷守一氏の「轢死」は暗黒の調子はよいが悲惨の感じは起らない起つた所でコンナ非美術的画題は遠ざけたい南薫造氏の「ワルタムの古寺」外数点は水彩画としての研究の深い所が見える、黒田清輝氏のパステル画「婦人の肖像」は入念の作だ外二点も流石に高い所がある岡田三郎助氏「女の顔」外一点は画稿として妙味はある湯浅一郎氏の水彩画は色の変化に富んだ心地のよい作品だ、同氏の油絵「読書」外数点は孰れも婦人の肖像で忠実な写生を示したもの、「ルクサンブルク公園」外数点は新しい軽い書方だが色が能く出て居て深い印象を与へるのは妙だ、氏の技倆の進歩は以上の小品でも十分に認められる、小林萬吾氏や中沢弘光氏の作品は平素の技倆を発揮した程の者もない矢崎千代治氏の油絵は何処かに新しい空気の篭つて居る作品が多い中にも「小児の肖像」と「水遊」は最も面白い、山本森之助氏の「夕凪」は海上の夕陽、極めて美しく極めて念入の大作忠実に自然美を現した油絵として傑作と云つて宜からう、同じ人の「雨の山」や「漁火」など皆同意味の成功を示して居る、跡見泰氏の作品中では「泊船」の波紋の調子、俗受かは知らぬが気持のよい描方だ、藤島武二氏の滞欧紀念「油絵」は孰もスケツチながら思ひ切つた色を使つて調子の整つて居るのは一見して練熟の作品と認められる
参考品として湯浅氏の模写された名画はヴエラスケスの作が多い孰も大々的作品で就中「織女」「官女」は人物も多く光線や色彩も複雑だが真に迫つて居る、ムリヂヨの約翰の図なども正に真物かと思ふほどだ斯る好土産を齎して画界に提供した氏の功労は特筆に値する、殊に十分原画の妙を発揮して居るものと信ぜらるゝので模写としても貴重なものだ参考品には此外コランやコルモンの画稿、藤島氏模写のシヤヴアンヌ筆壁画の一部「鶏」などある以上の外尚習作的新作品は少くないが概して通例の出来で水平線以上に出て居ないので一々挙げる事は御免蒙る(マツ)

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