白馬会展覧会評

  • 黒眼生
  • 東京日日新聞
  • 1907(明治40)/10/21
  • 7
  • 展評

今回の展覧会には特に絵画として趣味あるものゝ多くを陳列せられ たるが其中にも黒田、安藤、中沢、山本、三宅等数氏の作品を 重なるものとすさて今秋は近く公設展覧会開かるれど察するに同会出品の多くは意外に凝りたる否審査官に諂ひたる見るからに拙劣嘔吐を催すべき絵画の陳列せらるゝことなるべく恐らくは生が此預言正に的中すべしと信ずるなり
斯く言ば人或は暴言とせんもさきに公設展覧会開催の事を発表せらるゝや西洋画家も東洋画家も一斉く一時其挙を論難攻撃し中にも文部省に建言する者さへありし程なるが其後西洋画家中 一二の人が審査官に選ばれしより以来不思議にも西洋画家の間には何等非難の声を聞かざるに至りぬ斯して彼等が心事の陋劣なる事遺憾なく表れたりさて又東洋画家の方は如何にと云に是亦多数の人々騒立しも文部省は同画家中より特に多くの審査官を出す能はざれば止むなく予定外に両三人の審査官を出すに止 まりしかば同画家間には尚ほも不平を唱ふる者あり之れを要するに文部省も美術家も此の如き有様にては人をして満足せしむべき展覧会を開かんこと猶ほ木に縁て魚を求むる如く到底不可能と云はざるべか らずざれば今度の公設展覧会出品の絵画は一種不思議のものにして充分に感情を発揮せし趣味ある絵画の出品は之れを望むも得べから ず况んや総花主義の審査官が審査をなすに於てをや生が如上の言は敢て妄評に非ざるべしと信ず斯くの如き次第なれば然るべき大家 は何れも出品を拒絶し又審査官を辞する等是れ少しも怪しむに足 らずかくて今回の白馬会展覧会は公設展覧会に対して特に 趣味ある絵画の多くを陳列せられたるならんが之れの陳列画に就て聊か批評を試みんに黒田氏の「日向の庭園」は彩色鮮かにして他の 洋画家の企て及所に非ず又「薔薇」の如きも最も弱き調子 にて描上たる手際頗るよし「半成肖像」は最も味ひあり此の侭 に置きたき心地す尚ほ「野辺」と題する半裸体の画を公設展覧会に出品さるべしと聞けど夫れよりも右半成肖像の方却つて趣味ある画 なるべきか安藤氏の「大川大橋辺の景」は流石に手に入りたる出来栄と評すべく両国橋の夕空に雲の峰の顕はれたる将た夕陽の人家に射 し水に映ずる工合など最も佳なり此の如き景色に於ては恐ら く氏の右に出づるものあらざるべし中沢氏は非常の勉強家と聞えて毎会多くの 出品を見るも今回出品の「霧」と題せるものは失敗の作と云つて 可ならん小品には頗る佳作を見受けたるが就中「塩原の景」は彼 のボツボツ流にて仕上げたる工合色と云ひ調子と云ひ殊に優れて見ゆ水彩画 の中にては「伊香保温泉場」最も佳にして光線の工合、遠近の調子など感服の外なし山本氏の「朝凪」は景色専門家として最も佳作品 なり色の工合、水、松共に申分なけれど少し写真じみて活動の趣なきを遺憾とす「夕月」は色彩布置は佳なれど画面が此画題としては大に過ぎたるの感あり三宅氏の水彩画は従来のものに比して描き方の大に変化せしは評者の喜ぶ所なり多くの出品中「夕暮の森」最もよし跡見氏の「奈良の杉」は見るべき作品なり杉も大木に見 え色彩も重き調子を以て描上げたる処大に賞すべし「庭の日 陰」は余りに小部分を選び過ぎたるは遺憾なり岡田氏の「人物」画は不思議 なる人物を撰びたるもの哉其上体は横向きにて着衣の袖は長く 下まで出で額は恐ろしく長し何の積りにてかゝる画を描きしや其偶意を解すること能はず博覧会出品の婦人画も評者は其顎が気 になりしが今回の女のも亦頗る気になる顎なり

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