白馬会漫評(二)

  • 同行二人
  • 日本
  • 1905(明治38)/10/06
  • 3
  • 展評

一、雪景(岩本周平)
△一小幅に過ぎぬけれども、色(雪の色)がよく出てをる。たゞ稍遠近のないのが欠点である。それに影が面白くない。雪の積んだ時の影は今少し研究して貰ひたいと思ふ
◎二階から市中を見下ろしたやうな平凡な景色であるが、位置もわるくなく、僅に一尺四方の小幅が何となく大きく見え る。
一、人物(同人)
△苦心の作と見える。惜むらくは主なる人物も配景の樹木も平面上に置かれたやうにベタリとしてをる。今少し丸みのつかんことを欲する。
◎野中 に立つてをる少女の図で、作者は渋い色を出さうとしたやうに、如何にもぼ んやりした絵である。従来白馬会の絵には少女を画きましたと広告したやうにケバケ バしたものを画いたのが多かつたが、今度の画にはこの絵許りでなく、渋味を気取つたのが沢山 ある。渋味といふものを単に筆先きの器用でやらうといふのは心得違ひであるまひか。 この絵など殆ど筆先の器用で渋味を容つてをる。
一、海岸の景(柴崎恒信)
△骨は折つてあるが着色が何となく卑い。今少し大まかなやりかたにしてはどうか、如何にも小心翼々たる画で、趣味の眼目を忘れて、筆先きの枝葉に走つた傾がある。
◎美しいこと錦画を欺く許りて、側へよつて見ても、放 れて見てもそれ程相違がない如何にも素人の目を牽きさうな画で、波の動きか たなどが、眩しい程こまかに写してある。位置の選定、空の雲の色などは多少の面白味があるけれども何分小細工といふ非難は免れ難い。この作者の画 は四五枚もあるが、何れも同一筆法で、チヤアンと或る鋳型にはまつてをる観があ る。
一、海岸の景(九里四郎)
△面白い景色で他の沢山ある海岸の景と多少趣きを異にしてをる。遠近もあり色の調和もわるくはない。たゞ空の色が少しどう かと思はれる。無難の作と言つてよからう。
◎前の方に小松の生えた青々 とした原を見せ、其向ふに斬り立てたやうな小山が立つてをる。これも一面青草が 生えてをつて、矢張松がとびとびにある。それで画幅の殆ど八分通りを埋めて、右の 方に少し許り海を見せた図である。海岸といふと、岩に波か、舟に海士 か、さなくばくねつた松と相場のきまつたやうな中にかゝる見附処は珍らしいと言つてよ からう。草の色がみづみづしてをつて、夏の旦の露の深いやうな心持がする。
一、海上 の景(南薫造)
△思ひきつて濃い色をつかつてをるが、野卑に落ちずによく感じが現はれてをる。 たゞ海の色のなめらかなのに比較して空が堅い尚ほよく注意して見ると種々欠点もあるやうであるが、一寸人目を牽く画である。
◎海を紫色に島を緑に半分模様化したやうな画で、総て強い色を出してをる。色は強いけれど も、何となく春色駘蕩といふやうな趣きがあつて、画面の暖かさを失はぬのが 生命である。器用を主とする此会には是非かゝる画が一つはなければならぬ(同行二人)

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