白馬会画評(一)

  • 四絃
  • 都新聞
  • 1904(明治37)/11/09
  • 5
  • 展評

時ハ秋、錦織り成す満城の風物も戦話に転た悲悽の感 を催す種となる時、東台の一隅にハ此の頃の血臭き噂を外にし て芸術の花ハ今を盛と咲き乱れて居る。白馬会初めてより此処 に九回、人も我も何時とハ無しに一年一年と送つて来て其の間に 幾多の研究を重ねた結果ハ紫派と云はれた此の一派ハ全く今は其の痕跡を止めぬ位に変つて来た。
先づ場内に這入つて一番に眼に就くのハ見物に青年男女の多い事で有る、然も此の青年男女 ハ時代の新流行の標本とも云ふ可き風をして画を見る人か、人を見る人か解し兼ねる位になつて来た。之ハ一面から云ヘバ白馬会 に来る観覧人が多い事を証明すると共に青年男女が 白馬会を見なけれバ話しが出来ぬ様になつたので有る
第一室ハ最も暗 い部屋で殆どパノラマを這入る感が有る。斎藤五百枝氏の畑と風景との小品ハ兎に角一際目立つて居る、畑の方ハ最も苦心の作らしいが白い雲に調子外れな処が有る。風景の方ハ真中の垣根らしい処が曖昧で全体にヤニ色が目立つ様だ。
岡野栄氏の家鴨ハ六ケしい処を撰んだものだ。此の大幅よりハ赤い野菜といふ小品の方 が面白味が有る。然し赤い野菜に映つた光ハ白過ぎて赤い物 に光りとハ受取れない。
橋口清氏の蟲干ハ画題が少し変な様だ。静物画としてハ光線の纏りが無く何処も彼も同じ光が有る ので引立ない、又左方の青い衣装の影の色ハ青い色の影になつて 居ないので色が汚れて見えるし仏像抔も気を注けて見ないと解らぬ位だ

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