今年の白馬会(八)

  • 毎日新聞
  • 1904(明治37)/10/31
  • 1
  • 展評

和田英作氏の「あるかなきかのとげ」聞く氏が此絵を成すに就いては容易ならざる苦心と、少 からざる費用とを以てせられたと誠に場中屈折の大幅ではあり、且つ白馬会 あつて以来情史に依つて画題を構えられた事は蓋し此が初め てゞあろう、吾人は兎にも角にも先づ其の労に謝せざるを得ない。
少婦鑷を 取つて情人の指を治す、蓋しとげはあるかなきかのもの両個の愛情を現はすには真 に好個の着想で、吾人は開会に先ち此絵あるを聞き、其の如何 なる図柄であるかを危む所あつたが、今絵に対して誠に清浄なる恋愛を想像する事が出来た。
此絵に就いて吾人の望みが二三ケ所ある、必 ずしも蝦瑾ではない、只斯くあつたならばと云ふ吾人の慾望である、其は先づ第 一に男の顔と女の顔とを取替えたいと思ふのである、そば女をして此絵の男の濃艶を有せたいので、第二に後方壁上の衣類がなかりせば、今少し画が快活になりはせまいかシカシ無論壁の露はれたるよりは良いが、人物総体が絵の上位にあつて、庭が看せられたらば、壁隠れ、且つ現はるゝ庭の上に 多少の意匠がなし得られたのであらう。第三に、後方に見ゆる、障子の桟の横重 が、縦重であつたならば今少し場所の聯想を強く人に与へるのであら うと思ふ。第四に、女の着眼点が真個に指にある、無邪気なる恋とし ては差支へもなからうが、此を男の瞳と合はしたならば、燃ゆるが如き表情は 完全に現はされたのであらう。

前の記事
次の記事
to page top