第四室には本会の中堅とも云ふべき諸氏の作品が多く陳列されてある。中村勝 治郎氏の「残菊」は秋草を写生に描かれた具合が面白い。岡 田三郎助氏の「元禄のおもかげ」は頗る艶麗なもので全体に色の配合がなかなか甘く出来て居る。同氏の「冬」は氏が近業中の傑作である、 氏は此地の景色をたびたび描かれて居るが、此図は最も得意の作であら うと考へる。富井博士の肖像も佳い。和田英作氏の作品中、肖像画としては箕作博士の肖像が最上のものと思はれる、「有るかなきかのとげ」（お七吉 三）は今回の展覧会にて見逃すことの出来ない図である、我等は氏が大 奮発のお蔭にて此種の絵画を洋画展覧会にて見ることを得るに 至つたのを非常に嬉しく思ふのである、それで此図は西鶴の五人女の本文に拠つて描かれたといふ事であるから観者は先づ同書を繙いて後此画に対したならば作者苦心の在る所を知ると同時に其趣味をも感ずる であらう。黒田清輝氏の静物写生数葉の中百十一百十四及び百十六の三図が大変佳 い出来である、大隈伯の肖像は能く其風格が現はれて伯を識 らぬ者でも此画を観れば面のあたり伯に見ゆるの心地がするであらう、兎に角氏 が従来描かれたる肖像画の中では確かに傑作の一つである。小林萬吾の「樹蔭」は婦人の腰部以下から小児、保姆車など余程佳いと思は れる。藤島武二氏の出品は孰れも表情を主として描いたものと察せら るゝが、此点から云ふと蝶、婦人肖像、エチユード、朝の四図が最も成功して居ると思ふ。橋本邦助氏の出品六点は忠実な研究の結果に成つたもので、中に見るべきは朝顔（百三十七）、薔薇及び「眠れる小児」の三 図である。安斎豊吉の自画像は安斎氏其人に接するが如し。中丸精十郎氏の「草原」と「河畔」は灰色式の風景として大変面白 いと思はれる。
第五、六室にある白耳義人ウ井ツマン氏（会員）の「牧場の朝霜」は北欧地方の風景を描いた調子の穏かな画である、一たび欧洲を漫遊 した人は誰れでも此図に対して、此の如き快爽なる風光を汽車 の窓から望見したことを想ひ起さるゝであらうと考へる。ウ井ツマン夫人の「花園」は百花綾乱として絢爛人目を眩せしむる図である。次に同国人グ ノッフ氏の出品がある、此人は白耳義では随分有名な人で本会には初めて出品されたと云ふ事であるが其出品のみを観ては未だ充分に同氏の本領を窺ふことは出来ねど「朝」と題する図などは兎に角一 種の画風で、神韵掬すべき所がある、尚此外にエツチングと色鉛筆画 もあるが何れも其手腕の軽妙なるに感服した。山本森之助氏の「暮れ行 く島」は夕方の空色の具合をよく研究したもので、描方がなかなか面白い「妙義山」は夕方の穏かな暮色の調子がよく現されて居る、又 「田舎家」は忠実な写景図である。跡見泰氏の「夏の雲」は山本氏 の「暮れ行く島」と同じ時刻を描いたものであるが、前者は至極穏やかな夕暮の空で、此画はそれと反対に天候不穏な夕暮の光景をよく現して居る、そして図面の上方三分の二が佳い出来である。（Ｏ生記）