裸美人に巡査立番の議

  • 黒馬散人
  • 中央新聞
  • 1901(明治34)/10/31
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編輯総長机下、頃日上野辺の新流行語に人間萬事白馬会と申す諺有之候右は御承知の如く白馬会展覧会は年々収支相償はざる有様にて本年も一同心配致し例の裸美人にて一ト儲けと存 じ居り候所端なくも警視庁の御目玉に触れ腰巻の厄に罹り一同落膽せし間もなく此事天下の大評判となり観者堵の如く裸美人の災 難白馬会の幸福となつて世の禍福吉凶は真に絆なへる縄人間萬事塞翁ならぬ白馬会と此諺の新流行を来せし次第に有之候
裸美人の公示に関しては小生別に意見有之且つ美術家とモデル の関係に就き謂ふ可らざる弊害あるを知るものに有之候へども既に裸美人を出品 せしむる以上は何故に是に腰巻せしむるが如き姑息の処置を執 りしや殆んど解す可らざる義に候
是が為め白馬会の観覧者は恰も蟻の甘きに就くが如く皆此裸美人の下に集り口々に云ひ罵る 所を聴けば『イヤ是では少しも情を起さない』『ナーニさうぢやないあの腿の辺を見玉へ』などゝ美術的美醜の批評は公然獣慾的発情如何の猥褻論となり果は甲乙ステツキを延ばし欄を越え公然腰巻を引卸し透し 見る程に午前の腰巻胸に及べるもの午後特に日没には腰巻緩ん で殆んど間一髪の有様に有之候
風俗を取締るの警視庁、一視同仁なる警視総監は宜しく午前の縦覧者と午後の縦覧者を区別して一は胸部以下を見 せしめず他は殆んど間一髪の要所迄を熟覧せしむるの不公平ある可らず況んや裸美人の直前に喧々囂々発情賛否論を公唱せしむ るに於てをやに御座候
是に於てか小生は警視庁風俗取締の趣意を体 し茲に謹んで裸美人の側に立番の巡査を配置し彼の腰巻を引卸すもの並に発情賛否を公論するものを厳重に取締らん事を警視総監に建議仕り候拝具

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