白馬会と絵画共進会

  • 漠々翁
  • 報知新聞
  • 1899(明治32)/11/03
  • 5
  • 展評

白馬霜にいなゝいて秋気清しではなかつた上野に開かれた白馬会の展覧会は毎年に比して寧ろ見劣りがすると云ふ世評があるがさうかも知れない場裡 は殆んど「スケツチ」の小品を以て埋められて居るから自然専門家ならでは一々立止まつてまで看る人はなく只ズーツト勧工場でも素見かす様に廻つて仕舞つてオヤオヤ是でお仕舞かと頬ふくらす人々が十中の七八を確かに占めて居る此 ふくれた頬から白馬会展覧会の退歩と叫ぶ声が出るか出ぬにしても 与つて力があるらしい然し昨年に比しては其作品の数こそまされ佳作と して見るべきものは余程少ないやうである扨同派は元来「イムプレツシヨンニスト」で謂ゆる感情 を現すのに尤も熱心だが今一つ同派に願ふのは衣服を描 く事をも学生に教へられたい衣装の皺襞などは余暇に遣れば沢山だと云 ふ考ではマサカあるまいが服の品質を現すと云ふ事は中々容易でない一 の「コンポジシヨン」を作つても矢張衣紋に依て図中の人物に温和と厳粛との風采を与ふるは今更申す迄もない是れ今回の白馬会展覧会の中で後進諸氏の人物画を見て第一に感ずる処また第 一に願ふ処である△絵画共進会(日本美術院派)のでは新思想を 社会に紹介するのが主義だ相だが別段新思想として見るべきものもなく却て西洋画の焼き直し然とした作品も見えるやうで日本画の為めに嬉しくない同会々員諸氏の一顧を煩はしたい処である

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