出品数は昨年に比して余程多く、殆ど四百近くもありて場内も何となく賑はしく、陳列の仕方も善く整ふて居る、けれども、其数の割に大 きい組織のものは少い、勿論組織の大小に依りて画の品定めは出来ないが、展覧会として公衆に示すのには、可成的人の注意を 惹く様にして貰らひたい、小品のごたごたして居るのは、なんだか見るのも嫌やになりて仕舞 ふ、斯道の専門家でなければ一々踏み止まつて見るものはなからう、夫れも此の夏、巴里 大博覧会の鑑査官に撰定せられたる人が沢山あつて、其方に時 間が取られたからと云へば仕方が無い、併し一般に評せば概して進歩発達して居る、此の有様では何れも前途頼もしい、特に注意すべきは後進者即 ち客員として出品し居る人々の画である、聞く所に拠 れば斯道に指を染めてから未だ余り年も経たないそうだ、が、皆出来が善 い、此勢なら後世恐るべしである、更に一層の奮発をして貰らいたい、偖て、是 から重なるものに就て批評をして見れば、
◎ナチユールモルト　黒田清輝氏の筆 であるが、ナチユールモルトは画題でない、或る新聞記者は之を画題となし大往生と訳した話がある、実に噴飯の至でないか、是れは西洋で応接間、 食堂抔の粧飾とする為めに、器物や果物等を奇麗に画く一種 の画名である、師の画いたものも器物に蜜柑、林檎の沢山入つている所の傍に、鳥及び様々の物を美麗に綾なしたのである、随分力を込 めたかも知らんが、唯だ奇麗といふ一点に止まつて居る、又氏の長所でもあるまい、
◎肖像　外山博士の肖像で矢張黒田氏の筆である、其本人は知らない が、実に善く似て居つて寸分も違はないとは是のこッてあると、人は褒めはやして居 るそうだ、成る程氏は人物は得意で、此肖像の如きは今まで肖像画は沢山画かれてゐるが、未だ曾て見ない処である、如何に口さがなき人 もとかう云ふことは出来ないだらうと思はれる、
◎賎民　中沢弘光氏の出品である、此頃巴里 大博覧会の出品に採定せられた様であるが、何うだらう其趣向に於ては、賎民は五六人肌褐たり寝たりして居る所は善いが、外囲の光 景は随分立派である、賎民どもは渡世の苦しみを忘れて楽んで居 るのかしらん、左もなくば、希臘のダィオヂ子ス流の人物等の寄合でゞもあらうか、何しろ賎 民等とは見えない、少し過言ではあるが詩人画客が遠山の景色を賞して風流な話をして居る様に見ゆる、
◎海辺の逍遥　是れは湯浅一郎氏の画 で、人は人物の左の手の骨格は何うであるとかいひて批難するそうだが、夫 れは兎もあれ、余は第一画題が可笑しいと思ふ、何ぜとなれば、海辺の風景は実に乏しい、跣で砂原を歩いて居る所は如何にもと頷づかるゝ が、寧ろ単に肖像画として見たい気持がする、併し、唯だ画題に恰當して居らんと云ふ丈けで、人物画の上から見たならば嘆賞せざるを得ないのであ る、氏は人物に就ては確かに腕を持て居るらしい、此外に京都の花売女 もある、海辺に逍遥して居る女の、頭に載つた麦藁の常磐笠を、軽 く両手に抑へて歩いて居る所などは、さながら活動しつゝある様だ、氏は 此辺に向つて心力を盡したことは明かに知れて居る、
◎上加茂の磧　同じく湯浅氏の出品で、概して云へば色彩は善く出来た画である、距離遠近 の模様抔も間然する所は無い、加茂川の頭、樹木鬱蒼として山丘に連りたるの風景得も云はれぬ程善い、尚ほ又斜陽といふのもある が、是れは夕方漁夫が舟を岸に繋いで居る川面の晩景である、日は 既に山に没したけれど、未だ微光の西方に残つて物影の小暗き様 、真に逼つて居る、殊に感服したのは溶々たる水の色である、