日本絵画協会批評

  • 九一生
  • 東京日日新聞
  • 1896(明治29)/10/24
  • 4
  • 展評

秋草 本多天城筆 抱一の草花を基礎とし土佐風の優美なる筆をかりて此図を作りしものゝ如し抱一と土佐風とを混ずるは新機軸なり然れども敢てよき新機軸にあらずして頗る拙き新機軸なりといふべし左れば画体頗る苦しく観るものをして優美なる秋草の感を起さしめず又金泥を以て画の空所を塗りしが為め其の露を帯びたる情を没せしは憾むべし
蝉丸の図 小坂象堂筆
画様少しく弄筆の傾ありと雖も先づは無難といふべし評者の希望は今少しく鄭重に筆を執ることと図按を新たならしめんこと是なり
悉達太子の図 寺崎広業筆
線條姿勢配色皆宜しと雖も意匠なるものなく観者をして単に美しき図様なりと思はしむるの外更に何の聯想をも起さしめざるは如何且つ悉達太子は今少しく少年なりし筈なり此の図にては余程年とりて見ゆ如何のものにや
美人逍遥之図 黒田清輝筆
社会が偉人に感化せらるゝは東西其揆を一にす彼のラフエールが優雅なる筆を以て画壇に立つや大陸より英国に至る迄悉く其の風下に靡き相率ゐてラフエールの門に集り一彫一筆ラフエールを擬するの極遂に欧洲の画風は全くラフエール模倣的絵画となり又一人の卓然頭を其の域外に挙ぐる者なきに至りしが東西の交通開け東洋の文華浸入すると同時にミレー、コロー氏の如き淡彩幽逸なる画派を出し一変再変して遂に今日流行する所の疎墨渇彩清洒たる一家風をなすに至れり我国にありて此の画風を承継する者は裸体美人を以て有名なる黒田清輝氏なりとす氏の画筆に一種の光彩あるは蓋し此れを以てなり
今回出品の美人逍遥の図の如き若し是を普通画家の手に任せんには必ず遠景の樹林中に二三の美人を現はし出すべきに氏は剛膽にも半身を以て画幀の中央を埋め遠く樹林の下半と軟草とを以て之をあしらひ以て一面の図をなせしは人の意表に出づるも敢て奇を衒ふの観をなさゞるは流石に黒田氏の腕前なり特に其姿態を写すの巧みなると美人の心情を描いて紙上に躍如たらしめしは感ずるに堪えたり且つ氏の尤も注意せし所は彩色の光濃全く従来の油絵風を脱し一見淡泊無趣の如くにして而かも厭嫌の情なからしめし事是れなり要するに此図は肖像画中の最上乗なるものなり
秋江暮照の図 岡田三郎筆
山水の写生画枚挙に暇あらずと雖も美術的真価を有する者は五指を屈するに過ぎず此の図の如き先は佳作なり

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