白馬会と展覧会

  • 芳陵
  • 毎日新聞
  • 1896(明治29)/09/24
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一とたび我紙上に白馬会の旗挙げを報ぜしより白馬会なる名ハ更に一種の勢力を帯びて東西の画家に伝播せられ意想外にも斯界を聳動したるの観あり、洋画の如き寧ろ我邦に在りて少年時代のものハ、何にまれ、無事平穏ハ禁物なるべし、時々狂瀾怒濤を捲き来りて活気を添へ、老懶を撹破し、腐敗を予防し、互に刺撃してこそ其度毎に一段ハ一段の進歩を加ふべきなれ、唯り斯道圏内の進歩に止まらず、之れが為めに層一層世人の注意を喚び起し社会に向て其勢力を増し来るの楷梯を為すもの寔に悦ぶべし、此際世評紛々、白馬会の真相を誤るが如き者あり、請ふ之を説叙し、次に白馬会が展覧会の初陣を挙るに方りて、日本絵画協会に関係せし新現象を報道せん、
白馬会の真相
『今の時ハ大に修めて大に画き而して大に斯界の発達を謀り勢力を高むべきなり云々、此慨言ハ頃日世の旧派と目する小山正太郎、山本芳翠、新派と称する黒田清輝、久米桂一郎諸氏の間に起りぬ終に我々は同感の士と精神的の結合を為して此目的を達すべし、主義ハ自由平等なり、新旧もなく南北もなし、大に学びて大に働かん人ハ即ち一味徒党の士たるべし、形にのみ厳ましきは我々の執らざる所、此会にハ規則もなく役員もなし、符号代りに白馬会と称せんのみ、』是れ白馬会の誕生と共に我紙上に記せし言はゞ誕生披露の辞なり、白馬会の真相なり、之を読むと同時斯会ハ明治美術会なる者の組織に不同意なりといへる分子の加ハれるを認るも、敢て彼れに反抗せんとにハあらで唯だ自由自在に大に修めて大に画がゝんとする同感の士の集合体に過ぎざるを知るべし、世上或ハ斯会を以て徒らに明治美術会に反抗するものゝ如く視んが是れ…(欠字)…れ相手より喧嘩を…(欠字)…時に処する是れは又別段の…(欠字)…彼なり我は我なりの…(欠字)…側目するが如き狭量猜疑の念ハ会中に…(欠字)…るなり、
此精神を以て白馬会を成せるの士は
絵画
山本芳翠 小代為重 黒田清輝
安藤仲太郎 岩村透 佐久間文善
藤島武二 久米桂一郎 中村勝次郎
岡田三郎助 和田英作 小林萬吾
今泉秀太郎 長原孝太郎
彫刻 佐野昭
版刻 合田清
十六の技術家外に三名の批評家より成るもの是れ現今の白馬会なり、
但だ白馬会の創立者たる小山正太郎氏の名を見ず何故ぞ、氏ハ左の書を贈りて白馬会を退ぞきたるなりき、
方今我邦にて洋画に従事するものは実に寥々晨星の如くなるに其間に於て新旧南北などゝ称して相反目擠排するは斯道の為め得策にあらずとは小生の持論に候処明治美術会は既に卑見に反して諸君を容れず諸君も亦会中に望を絶ち今や両派対党大に戦はんとするの勢に迫れり実に浩歎の至に候斯く小生の冀望に反対の景況となりたる上は已むを得ず小生は両派孰れにも左袒せず暫く退て卑見の容れらるるの時を待つより外無之此段御了承被下度候敬具
白馬会と日本絵画協会
白馬会が来十月展覧会を上野に開くことハ既に報じたるが如し、其計画あるに方りて、日本画の団体なる日本絵画協会と交渉の一時起りぬ、此交渉の結果両会は同時同所に開き、個々別々表裏些の関係なしといへども、便宜上其の入口出口こさ異なれ、館内ハ相通じて以て観客来往の煩を除きぬ、交渉の発端ハ日本絵画協会より白馬会に向て聯合を申込みしに在り、其照会状に曰く、
拝啓陳は本会儀本月末より上野公園五号館に於て絵画共進会相開き其第二部は専ら西洋の様式に基きたる製作を陳列候儀に有之候処貴会に於ても其頃展覧会御開設の趣に付此際重複の必要も無之存候條本会に於て別に第二部を開かず聯合開設候様致度右御同意に候はゞ会場内の区画会計の処分方等更に可及御協議候得共先以同時開設の儀御意見承り度此段及照会候也
白馬会は之に対して『御照会の趣承知致候』との返書を贈り、更に一二回の協議を経て、性質ハ勿論、会計其他全然独立にして、単に同一の場所に聯合開会すべしといふ協議決定し、扨てハ絵画協会は明二十五日より、白馬会ハ十月一日より同館内に開くことゝはなりしなり、僻眼者流ハ之を見て又何とか評するならん、松方さんの聯合内閣とも少々違ふ様なれば下駄の穿き違へ一歩ハ高く一歩は低き不公平の観察なくバ可なり、呵々、
白馬会展覧会の有様
会員たる技術家の出品は勿論、此外に彫刻家中菊池鋳太郎、小倉惣次郎、堀通名等数氏の出品あり、白馬会の誕生地は寧ろ極端的平等主義の地なりけれバ、之を忘れざらんが為め、会場内には縄暖簾の二た條三條いづれゆかしく飾らるゝなるべしと噂さす。入口の正面場内の柱々には交色盤の大いなる小さなるが、国旗三旋を添へて飾ざらるべく公園路傍の建札にも同じくバレートの趣向を擬らせしが早や用意されぬと聞く。会員の徽章ハ紫の平打凡六分幅なる紐をチヨツキ抔の上に斜めに懸る様為したるにて、是れ巴里なる諸大学々生倶楽部員の徽章に拠りし者なり (芳陵記)

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