本データベースは東京文化財研究所刊行の『日本美術年鑑』に掲載された物故者記事を網羅したものです。(記事総数 2,850 件)





久保一雄

没年月日:1974/01/26

 独立美術協会会員で、映画美術監督としても著名であった久保一雄は、腸閉そくのため、1月26日、東京世田谷の木下病院で死去した。享年73歳。久保一雄は明治34年(1901)2月16日、群馬県藤岡市に生まれ、群馬県立藤岡中学校を卒業して、川端画学校で洋画を学び大正12年(1923)に修了、東京向島の日活映画撮影所に入所したが、関東大震災の後、京都日活に移った。労働運動、政治運動に参加し、昭和3年(1928)3月15日のいわゆる3・15事件で5年の刑をうけた。昭和8年東京に移り、映画P.C.Lに入社、同11年東宝映画株式会社創立と共に東宝に移った。昭和23年の東宝争議の時には従業員の先頭にたって活躍したが、その後、東宝を退社、フリーの美術監督として独立プロダクションの仕事を多く担当し、昭和27年(1957)には今井正監督の映画『どっこい生きている』の美術を担当し、毎日映画コンクールの美術賞をうけている。そのほか、『妻よバラのように』、『人情紙風船』、黒沢明監督の『素晴らしき日曜日』、『樋口一葉』、山本薩夫監督『太陽のない街』、『真昼の暗黒』、『松川事件』『荷車の歌』などの美術を担当した。そのかたわら、昭和13年第8回独立展に初入選してから以後、出品を続け、昭和19年第14回展に「雪の石狩牧場」を出品して独立賞をうけ、昭和22年独立美術協会準会員、翌23年(1948)同会会員に推挙された。晩年は健康を害して映画の仕事からも遠ざかり、専ら絵画制作に熱中し、「小さなタワーのある港」など港や船、サーカスを題材とした作品や、花の小品を多く描いた。

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