山本豊市

没年月日:1987/02/02
分野:, (彫)

 文化功労者、東京芸術大学名誉教授の彫刻家山本豊市は、2月2日午後7時25分、肺炎のため東京都新宿区の自宅で死去した。享年87。明治32(1899)年10月19日東京新宿に生まれる。本名豊。錦成中学校在学中に戸張孤雁を知り、大正6年卒業後、孤雁に師事する。一方、同7年より3年間太平洋画会研究所でデッサンを学んだ。10年第8回再興院展に「胴」が初入選し、12年日本美術院院友、昭和7年同人となる。この間、大正13年フランスに渡り、マイヨールに師事。昭和3年帰国し、マイヨール彫刻を日本に紹介する。5年より日本大学で講師として教えた。7年頃、京都や奈良に旅行し仏像に接したのを契機に、ブロンズや石膏などの材料不足もあり10年頃より本格的に乾漆技法を研究。11年の第1回改組帝展に乾漆像「岩戸神楽」を出品する。以後、乾漆の技法を現代彫刻に導入した独特の作風を展開した。戦後院展に出品する一方、25年より新樹会に参加、第4回新樹会展「立女」「群像」などを出品する。また26年第1回サンパウロ・ビエンナーレ、31年第28回ヴェネツィア・ビエンナーレなどにも出品し、29年前年作の「頭像」「エチュード」により第5回毎日美術賞を受賞。33年には、前年ブリヂストン美術館で開催した個展出品作により芸術選奨文部大臣賞を受賞した。35年大船観音を制作。36年日本美術院彫刻部が解散し、新たに結成された彫刻家集団SASに参加、同会が38年国画会と合同するに及んで、国画会会員となり、50年退会まで同会に出品した。この間、22年東京美術学校講師、28年東京芸術大学教授となり後進の指導にあたる。42年停年退官後、同大学名誉教授となるとともに、愛知県立芸術大学で教授として教えた。乾漆の質感と流麗な形態や動感を持つ作品を制作、58年には文化功労者となっている。

出 典:『日本美術年鑑』昭和62・63年版(327-328頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
『日本美術年鑑』に収録されている以下の記事にも「山本豊市」が含まれます。
to page top