松久朋琳

没年月日:1987/09/01
分野:, (彫)

 京仏師の第一人者松久朋琳は、9月1日午後3時43分腹部動脈リゅうのため京都府宇治市の大和六地蔵病院で死去した。享年86。明治34(1901)年10月22日京都市の守護職の家に生まれる。本名茂次。4歳で京仏師松久家の養子となり10歳の頃から仏像制作を始める。昭和19(1944)年京都市佐京区の大悲山峰定寺三滝上人像を制作したのをはじめ、30年代には大阪四天王寺仁王像、比叡山延暦寺大日如来像、弥勒菩薩像、十一面観音像などの代表作を次々と制作。同37年京都仏像彫刻研究所を設立して後進の指導に当たる。38年大阪四天王寺より「大仏師」の称号を受け、54年には延暦寺より「法橋大仏師」の称号を受ける。動感のある仏像を得意とし、51年のアメリカ建国記念に際しニューヨークに建立された大菩薩禅堂金剛寺の本尊菩薩像をも手がけている。自ら主宰する研究所のほか竜谷大学名誉教授として仏教美術を講ずるなど教育面にも尽くし、『仏教彫刻のすすめ』『京仏師六十年』などを著した。

出 典:『日本美術年鑑』昭和62・63年版(335頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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