冨永朝堂

没年月日:1987/12/12
分野:, (彫)

 日展会員の彫刻家冨永朝堂は、12月12日午前10時、肺炎のため福岡市の三信会原病院で死去した。享年90。明治30(1897)年8月4日、福岡県に生まれ、本名良三郎。大正4年上京し、山崎朝雲に師事、木彫を学ぶ。8年日本美術協会展に初入選し、昭和4年より同会審査員をつとめた。また大正13年第5回帝展に「雪山の女」が初入選して以後、帝展に出品し、昭和7年第13回帝展「五比賣命」、翌8年第14回帝展「踊女」がともに特選を受賞。9年第15回帝展に「女子円盤」を無鑑査出品した。その後、新文展、戦後日展に出品。25年第6回日展で審査員をつとめ、33年日展会員となっている。戦後は郷里福岡に住み、福岡県文化財調査委員をつとめたほか、地域文化の向上にも尽力。50年西日本文化賞、51年福岡市文化賞を受賞し、59年地域文化功労者に選ばれた。代表作に、「谷風」(昭和15年ニューヨーク万博)、三部作「歩く」「歩く」「生れる」などがあり、戦後は抽象的感覚を生かした作風を展開した。

出 典:『日本美術年鑑』昭和62・63年版(337頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
『日本美術年鑑』に収録されている以下の記事にも「冨永朝堂」が含まれます。
to page top