矢崎虎夫

没年月日:1988/09/24
分野:, (彫)

 日本陶彫会副会長の彫刻家矢崎虎夫は、9月24日午前2時45分、胸部動脈りゅう破裂のため東京都小平市の自宅で死去した。享年84。明治37(1904)年7月25日、長野県茅野市に生まれ、大正12(1923)年諏訪中学校を卒業して上京、平櫛田中に師事する。昭和4年日本美術院展に初入選。5年第17回同展に「雷鳥」を出品する。6年東京美術学校彫刻科を卒業。9年日本美術院展に「小諸の母」を出品して試作賞受賞。戦後も院展に出品し、28年第38回展に「若き髪」を出品して佳作(白寿賞)、29年には「浴光立女」で、34年には「立女習作」で奨励賞(白寿賞)を受賞する。39年渡欧しオシップ・ザッキンに師事。41年日府展に「雷電像」を出品して文部大臣賞受賞。55年第1回高村光太郎大賞展に「サリーを着た女」を出品して優秀賞、57年同展には「阿修羅」、59年同展には「やまなみ」を出品して同じく優秀賞を受ける。木彫を中心にブロンズ、石膏など多様な素材を使い、仏典や歴史に取材した題材を多く手がける。受賞作のほかに、パリ・バンセンヌ公園の「雲水群像」、川崎大師の「釈迦像」、諏訪湖の「八重垣姫像」、長野市の「大観音像」などの代表作がある。

出 典:『日本美術年鑑』平成元年版(270頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
『日本美術年鑑』に収録されている以下の記事にも「矢崎虎夫」が含まれます。
to page top