吉田芳夫

没年月日:1989/11/04
分野:, (彫)

 新制作協会創立会員で和光大学教授の彫刻家吉田芳夫は、11月4日午後8時2分、急性心不全のため東京都中野区の自宅で死去した。享年77。明治45(1912)年2月7日、東京都本郷区に生まれる。祖父島村俊明、父吉田芳明(本名芳造)、伯父吉田白嶺と代々彫刻家を家業とする。昭和11(1936)年東京美術学校彫刻科塑像部を卒業。同13年第13回国画会展に「農婦木彫原型」で初入選しK氏賞を受けるが、翌年、東美校同級生で国展での同志であった柳原義達らと共に新制作派協会彫刻部を創立し、その創立会員となる。工匠、芸術家など深い内面性を含んだ人物塑像を主に制作し、同51年には第40回新制作展出品作「白道」で中原悌二郎賞受賞。一貫して具象彫刻を制作し、実在感のある物の生成を追求してレアリストを目指した。的確な観察にもとづき、制作の跡の残る生気あるモデリングを行ない、静かな緊張感と精神性を秘めた作風を示した。

新制作展出品歴
第4回(昭和14年)「演技者」、5回「生(四つの門の内)」、6回「畫家の像」、7回「肖像試作」「青年像」、8回「青年像」、10回(同20年)「首」、11回「首」、12回「首」、13回「婦人像」、14回(同24年)「S嬢」、15回(同26年)「童子像」、16回「少女」、17回「青年」、18回「村松梢風氏像」、19回(同30年)「少女」「青夫人」、20回「青年」、21回「K氏像」、22回「老匠試作」、23回「工匠」「本庄氏像」、24回「老匠」、25回「残菊」「父の像」、26回「女」、27回「少年」、28回「吉田石松翁の記録A」「吉田石松翁の記録B」、29回(同40年)「楽匠宮本金八」、30回「オカリナ」、31回不出品、32回「演技者」、33回「H君」、34回「演技者」「梅根先生」、35回不出品、36回「秋艸道人会津八一」、37回「書人」、38回「彫刻家G氏」、39回(同50年)「哭 山内壮夫」「吟遊詩人T」「画作する禾雨亭」、40回「白道」、41回「林生」「林生」「薄墨」、42回「抜海」「杜良」「クレ」、43回「林生」、44回「馬山の漢」「彫刻十戒」、45回「哲学者O氏」、46回「青年」「青年」、47回「演技者」、48回「陶人K」、49回(同60年)「演技者」、50回「若き日の内田巌」、51回「建築家佐藤次夫」、52回「鶴化」「鶴化」、53回「曼珠沙華抱くほどとれど」。

出 典:『日本美術年鑑』平成2年版(255頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
『日本美術年鑑』に収録されている以下の記事にも「吉田芳夫」が含まれます。
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