大竹康市

没年月日:1983/11/20
分野:, (建)

 象設計集団代表のひとりであった建築家大竹康市は11月20日、サッカー試合中にクモ膜下出血で倒れ急逝した。享年45。同年同月初め死去した建築家渡辺洋治は大竹の長兄にあたる。昭和13(1938)年5月2日宮城県仙台市に生まれる。同37年東北大学工学部建築学科を卒業し早稲田大学理工学部建築学科大学院に入学、吉阪隆正に師事する。同39年同科を修了した工学修士となり、U研究室に勤務する。同年一級建築士の資格を取得。同47年、富田玲子、樋口裕康らと株式会社象設計集団を設立し代表取締役に就任する。ル・コルビジェのモダニズムに第三世界の視点を加えた吉阪の思想を受け継ぎ、主に沖縄を舞台に前衛的な活動を展開、同47年象グループを結成する(同53年Team Zooと改称)。同51年今帰仁村公民館で芸術選奨文部大臣賞新人賞、同年沖縄県北部のムラづくりマチづくり計画で日本都市計画学会賞、名護市庁舎で同54年全国公開設計競技第一位、同56年日本建築学会賞を受賞する。また、同53年アメリカの10都市で開催された「日本建築の新しい波展」、同56年デンマークで開かれた「ポストモダニズム展」に出品。同46年から早稲田大学専門学校講師をつとめていた。建築だけでなく、環境を考慮した地域計画をも国内外で手がけ、幅広く活動する。中、高、大学でサッカー部キャプテンをつとめるほどのサッカー愛好家であった。

出 典:『日本美術年鑑』昭和59年版(319-320頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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