西澤文隆

没年月日:1986/04/16
分野:, (建)

 ホテル・パシフィック東京などで知られる建築家西澤文隆は、4月16日午前9時58分、心不全のため大阪府豊中市の国立刀根山病院で死去した。享年71。大正4(1915)年2月7日、滋賀県愛知郡に生まれ、昭和11年第三高等学校を卒業。同15年東京帝国大学建築科を卒業して坂倉準三建築研究所に入る。同18年フィリピンに渡り、戦後の21年坂倉準三建築研究所に復帰する。42年大阪府青少年野外活動センターの設計により日本建築学会賞受賞、44年11月、坂倉準三死去に伴い坂倉建築研究所を改めて開設しその代表取締役となる。60年6月「神宮前の家(白倉邸)」ほか一連の住宅建築により59年度日本芸術院賞受賞。日本建築学会、日本建築家協会のほか大阪府建築士会、アシカビ会(伊丹市を研究しよくする会)にも所属して活躍し、49年大阪府知事賞、59年伊丹市民文化賞を受賞する。代表作には、他に、前橋市庁舎、円形舞台で知られる兵庫県芦屋市のルナ・ホールなどがあり、著書に『西澤文隆小論集1~4』(昭和49~51)、『伝統の合理主義』(56年)、『家家』(59年)、『西澤文隆の仕事』(63年)がある。

出 典:『日本美術年鑑』昭和62・63年版(318頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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