竹原竹次郎

没年月日:1988/11/05
分野:, (建)

 文化財建造物保存技師竹原竹次郎は、11月5日午後9時15分、肺こうそくのため神奈川県相模原市の北里大学病院で死去した。享年76。大正元(1912)年10月15日富山県に生まれる。昭和6年3月私立帝国工業教育会建築科通信教育課程を修了後、宮大工松井角平に師事。伝統的な社寺建築技術と修理技術を学ぶ。昭和17年株式会社飛島組に勤務し、木造建築の設計施工に携わる。18年海軍施設部に入隊、22年5月復員後、再び宮大工の仕事に戻り、同年6月富山県高瀬神社の増改築を行なう。26年兵庫県斑鳩寺三重塔の保存修理工事に修理助手として携わって以降、同じく修理助手として28年富山県護国八幡宮本殿、29年石川県妙成寺開山堂の保存修理工事を行なう。続いて同29年鹿児島県八幡神社本殿の保存修理工事に工事主任としてあたり、30年から始まった日光二社一寺の昭和大修理では、56年3月まで20数年間にわたって工事主任として工事を指揮。まず30年輪王寺本堂の保存修理工事から始め、36年本地堂調査設計工事、38年同本地堂保存修理工事、以後42年経蔵、鼓楼、鐘楼、五重塔、附鐘舎、上社務所の調査設計工事を経て、44年二荒山神社中宮祠本殿、拝殿、46年経蔵、鼓楼、48年鐘楼、50年五重塔、52年附鐘舎、53年上社務所の保存修理工事をそれぞれ行なった。この間、42年財団法人日光社寺文化財保存会技師となり、56年工事終了まで後継者養成のための技術者講習会の講師として後進の育成にあたっている。57年1月には、財団法人文化財建造物保存技術協会嘱託となった。57年1月以降は、同年1月千葉県新勝寺三重塔、9月竜正院本堂、10月神奈川県関家住宅などの保存修理に工事監督としてあたった。53年6月文化庁創設10周年記念功労者として表彰された。

出 典:『日本美術年鑑』平成元年版(275頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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