熊倉順吉

没年月日:1985/11/10
分野:, (工,陶)

 前衛陶芸家集団走泥社の同人熊倉順吉は、11月10日午前0時半、心不全のため大津市の堅田病院で死去した。享年65。大正9年8月8日京都市東山区に生まれ、昭和13年京都市立第一工業学校建築科を卒業。次いで17年京都高等工芸学校(現京都工芸繊維大学)図案科を卒業する。兵役の後、20年復員。翌年京都松斉陶苑に入門し、福田力三郎に師事。また同苑で制作中だった富本憲吉にも師事する。23年富本を中心とする新匠工芸会展に出品し、24年第5回日展に「陶器色絵薊紋壷」が初入選、翌年も入選するが、以後日展には出品していない。26年東京銀座のフォルム画廊で初の個展を開催、同年新匠会会員となる。27年第1回現代陶芸展、29年同第3回展で受賞し、30年には第1回日本陶磁協会賞を受賞。同30年新匠会を退会した後、翌年モダンアート協会会員(33年退会)となり、更に32年八木一夫らの前衛的な陶芸家集団走泥社に参加。同人となり、以後同展に出品する。33年ベルギー、ブリュッセル万国博覧会でグランプリ、37年チェコスロバキア、プラハ国際陶芸展で「凝固する炎」が銀賞を受賞、43年日本での万国博覧会で迎賓館ラウンジの陶壁画レリーフを制作する。東京・壱番館画廊(41、43、46年)、伊勢丹(47、52、55、56年)ほか、東京、京都などでたびたび個展を開催。この間、34年滋賀県立信楽窯業試験場嘱託となり信楽陶のデザイン指導にあたり(55年まで)、45年より京都工芸繊維大学工芸学部意匠工芸学科非常勤講師、47年より多治見市立陶磁器意匠研究所特別講師、59年より京都市立芸術大学美術学部非常勤講師をつとめた。人間のエロスを表現主義的な手法で追求する陶影をよくし、主な作品に「暦日」(42年)「風人」(42年)「座」(47年)「みつからぬ愛」「Jazz」(51年)「誘惑者」「夏の雲」「楽想」などがある。

出 典:『日本美術年鑑』昭和61年版(259-260頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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