丸谷端堂

没年月日:1984/12/08
分野:, (工,鋳金)

 日展参与の鋳金家丸谷端堂は、12月8日午後7時50分、心不全のため東京武蔵野市の武蔵野赤十字病院で死去した。享年84。明治33(1900)年5月26日、東京市浅草区に生まれる。本名修造。明治45年府立第三中学校へ入学するが中退。大正2(1913)年、絵画塾へ入るが父の勧めにより中退。翌年山本純民に師事し金工を学ぶ。同8年より山本安曇に師事。同13年より安曇の紹介により香取秀真に師事し公募展出品に志す。同15年東京府工芸展に「莨セット」を出品して三等賞、同年の鋳工展では「杵型花生」で褒賞を受賞。以後、昭和2(1927)年には東京府工芸展「喫煙具」一等賞、鋳金展「インクスタンド」銅賞、同3年には商工省工芸展「莨セット」銅賞、鋳金展「虞美人草花生」「一輪挿し」褒賞、同4年には日本美術協会展「電気スタンド」銅賞、鋳金展「魚鳥文花生」銀賞、同5年には日本美術協会展「香炉」銅賞、鋳金展「輪違い文花生」銅賞、商工省工芸展「電気スタンド」褒賞、同6年には日本美術協会展「寸筒文花生」銀賞、東京府工芸展「インクスタンド」三等賞、同7年には商工省工芸展二等賞、日本美術工芸展「水盤」銅賞、鋳金展「バンド金具」銅賞、同8年には日本美術協会展銅賞、商工省工芸展「魚文耳付花生」三等賞、同9年には日本美術協会展「瓶かけ」銀賞、商工省工芸展二等賞、同11年には東京府工芸展「胡銅花生」一等賞、鋳金展「青銅花生」銀賞、同12年には商工省工芸展「青銅花生」三等賞、同13年には東京府工芸展「七幅香炉」三等賞、日本美術協会展「花蝶文花生」銅賞、同14年には商工省工芸展「手取群蝶文花器」三等賞、日本美術協会展「虫文水盤」銀賞、東京府工芸展「竜耳付花生」一等賞と受賞を重ねる。同15年より帝展に出品し、同17年より同展無鑑査、以後も官展に出品を続け、戦後の日展では同24、30、34、39、48年の5回、審査員をつとめ、同50年日展参与となる。また、同年より東京デザイン専門学校顧問となる。同54年より腎不全を患う。花生や置物を得意とし、伝統を踏まえながらそれに縛られることなく、用の美を追求した。明快で整った形態と安定感を持つ、斬新なデザインの作品をつくりあげた。

出 典:『日本美術年鑑』昭和60年版(259頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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