大須賀喬

没年月日:1987/07/14
分野:, (工,彫金)

 日展参事の彫金家大須賀喬は、7月14日午前0時30分、心不全のため東京都世田谷区の自宅で死去した。享年85。明治34(1901)年8月24日香川県高松市に生まれる。大正8年香川県立高松工芸学校金工科を卒業後、東京美術学校金工科に入学し、14年卒業する。昭和2年北原千鹿を中心に、信田洋、田村泰二、村越道守山脇洋二らと工人社を創立、同人となる。昭和4年第10回帝展に「壁面花挿」が初入選し、8年第14回帝展で「彫金花瓶」が特選を受賞する。11年改組帝展に「仙人掌香盆」を出品、推奨となり、新文展にも、17年第5回「象嵌文壷」、18年第6回「蝶文香盆」(文部省買上)などを出品した。17年以降、新文展、戦後は日展でたびたび審査員をつとめ、日展には29年第10回「蝶文手筥」、33年第1回新日展「金彩透彫飾皿」、42年同第10回「鉄布目象嵌大皿」、53年第10回改組日展「金彩虫の壷」、55年同第12回「双蝶文色紙筥」、58年第15回「四神文鉄壷」、60年第17回「昆蟲文額」、61年第18回「昆蟲文飾皿」などを出品する。33年の日展出品作により、翌34年日本芸術院賞を受賞、33年日展評議員、44年同理事、55年参事となった、この間、30年日本金工制作協会を創立、同人となり、33年同会を解散、日本金工作家協会を設立し、会長をつとめた(49年まで)。このほか、現代工芸美術家協会評議員などもつとめた。昆虫をあしらった作品を好んで制作し、62年第19回日展「甲蟲文小筥」が絶作となった。

出 典:『日本美術年鑑』昭和62・63年版(333-334頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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