香取正彦

没年月日:1988/11/19
分野:, (工,鋳金)

 平和を祈願する一連の梵鐘づくりで知られる鋳金家で、重要無形文化財保持者(人間国宝)の香取正彦は、11月19日午後1時10分、じん不全のため東京都新宿区の国立医療センターで死去した。享年89。明治32(1899)年1月15日、鋳金家香取秀真の長男として東京小石川区に生まれた香取は、大正5(1916)年より9年まで太平洋画会研究所で洋画を学ぶが、同9年東京美術学校鋳造科に入学して鋳金に専念し、14年同校を卒業。昭和3(1928)年第9回帝展に「魚文鋳銅花瓶」で初入選。同5年第11回帝展に「鋳銅花器」を出品して特選、翌6年第12回帝展では「蝉文銀錯花瓶」で再度特選を受賞し、また同年の第18回商工省工芸展に「銀錯直曲文花瓶」を出品して商工大臣賞二等賞を受賞する。同7年第13回帝展に「金銀錯六方水盤」を出品して3年連続特選となり、同年の第19回商工省工芸展でも一等賞を受賞。戦後も日展に出品し、27年第8回日展出品作「攀竜壷」で翌28年日本芸術院賞を受賞。一方、戦時下に多くの鐘が金属供出のため破壊されたことに衝撃を受け、25年より父秀真と共に平和を祈願する梵鐘づくりを始め、33年米国サンディエゴ市に贈る「友好の鐘」、38年比叡山延暦寺阿弥陀堂の梵鐘、39年池上本門寺の梵鐘、42年広島原爆記念日使用の「広島平和の鐘」など150鐘を越す鐘を制作。また、34年ビルマ国へ贈る仏像を制作してビルマへ渡ったのをはじめ、35年栄西禅師像、43年鎌倉瑞泉寺本尊金銅釈迦牟尼仏など仏像、仏具の制作にもあたり、奈良薬師寺薬師三尊、鎌倉大仏などの修理も手がけた。52年重要無形文化財保持者に認定され、63年には芸術院会員に選ばれる。中国を含む広い古典に学び、伝統にもとづいた端正な形体の中に、モダンなデザイン感覚を生かした清新な作風を示した。

出 典:『日本美術年鑑』平成元年版(276頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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