中村勇二郎

没年月日:1985/10/20
分野:, (工,染型)

 伊勢型紙彫刻師の人間国宝中村勇二郎は、10月20日午後0時10分老衰のため、三重県鈴鹿市の自宅で死去した。享年83。明治35(1902)年9月20日三重県に生まれる。父兼松は、型紙業を営む中村家の3代目、小学校6年頃より父の手伝いを始め、高等科卒業後、大正4年頃から他の弟子とともに父に伊勢型紙の道具彫り技術を本格的に学ぶ。伊勢型紙の起源は明確でないが、中世末には既に国内の紺屋でかなりの型紙が使用され、江戸期には型売株仲間が紀州藩の庇護を受けて隆盛した。維新後、暫時不振の状態が続いたが、紙業組合や工業徒弟学校の創立、糸入れにかわる紗張り法などの技法が創案され、再び活況を呈するようになる。型紙の文様には小紋と中形があり、また彫りの技法には突彫、錐彫、道具彫、縞彫などがある、道具彫は刃物自体の形がひとつの小さな文様単位となっているもので、小紋用に最も用いられる彫法である。昭和27年伊勢型紙は、文化財保護委員会より「江戸小紋伊勢型紙」技術保存の指定を受け、30年中村勇二郎は他の5名とともに、重要無形文化財伊勢型紙技術保持者として認定された。この間、同28年伊勢型紙彫刻組合組合長となっている。38年伊勢型紙伝承者養成事業の道具彫り講師となり、39年より60年まで人間国宝新作展に出品した。58年三重県の県民功労者として表彰を受け、59年大阪市北浜の三越アートギャラリーで個展を開催。精緻で優美な型紙を制作し、主な作品に「古代菊の図」(55年、)「瑞雲祥鶴の図」「四君子の図」「壮龍の図」などがある。

出 典:『日本美術年鑑』昭和61年版(259頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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