宮川淳

没年月日:1977/10/21
分野:, (評)

 美術評論家、成城大学助教授宮川淳は、10月21日肝臓がんのため東京世田谷区の厚生会玉川病院で死去した。享年44。昭和8年3月13日東京市大森区で生まれ、同12年外交官であった父の任地モスクワへ赴き同14年帰国、同20年4月には同じく父の任地哈爾浜へ伴われ哈爾浜日本中学校に転入、同21年引揚帰国後、東京都立大学付属高校を経て、同30年東京大学文学部美学美術史学科を卒業した。同年日本放送協会に就職したが、同38年4月評論「アンフォルメル以後」で美術出版社の第4回芸術評論賞を受賞し、同40年日本放送協会を退職した。同年4月成城大学講師となり西洋美術史を担当、同44年助教授となった。また、同43年7月に最初のヨーロッパ研究旅行に出かけたのをはじめ、同45年、48年、51年にも主にパリを中心にヨーロッパ各地を旅行したが、同51年2月から4月にかけて、パリ滞在中発病し、入院手術を行い帰国した。また、この間同46年には東京大学教養学部非常勤講師、翌47年から49年まで東京都立大学人文学部非常勤講師をつとめた。西洋美術史研究とともに前衛美術評論で活躍し、著書に『セザンヌとスーラ』(美術出版社1961年)『マティス』(平凡社世界名画全集別巻、1962年)『鏡・空間・イマージュ』(美術出版社1967年)、『紙片と眼差とのあいだに』(エディシオンエパーヴ、1967年)『引用の織物』(筑摩書房1975年)、『美術史の言説』(中央公論社1978年)があるほか、訳書に『イヴ・ボンヌフォア詩集』(思潮社)などがある。なお、没後成城大学教授となった。

出 典:『日本美術年鑑』昭和53年版(280頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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