安部治郎吉

没年月日:1975/07/14
分野:, (洋)

 二紀会同人の安部治郎吉は、7月14日心不全のため死去した。享年75歳。明治33年(1900)2月19日、大分県宇佐郡に生まれ、安心院小学校卒業。上京して、在京二科会会員が指導した二科技塾(昭和4年創設)で主として石井柏亭熊谷守一に学び、昭和4年第16回二科展に「展望街景」が入選、以後、同5年17回展「滞船」、同7年19回展「清流」「裸女」、同8年20回展「石膏」、同9年21回展「湖畔」、同10年22回展「白い孔雀」「鯉」、同11年23回展「熊」、同12年24回展「豹」「二人」、同13年25回展「海風」「緑の庭」、同14年26回展「白い熊」「夏の宵」、同15年27回展「馬と少年」「庭」、同16年28回展「早春」「雨後(金剛山)」この年に会友に推挙され、翌17年29回展「友達」を出品した。太平洋戦後は、昭和22年、第二紀会創設に参加し、同人となった。二紀会出品の主要作品はつぎのとおりである。昭和23年(1948)第2回展「山時雨る」、同25年4回展「秋色」、同28年7回展「雪景」、同29年8回展「月」、同34年13回展「晩秋」、同39年18回展「あぢさいの庭」、同41年20回展「落月」など。晩年は二紀会に所属したままだが、出品はみられなかった。

出 典:『日本美術年鑑』昭和51年版(307頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
to page top