奥瀬英三

没年月日:1975/11/23
分野:, (洋)

 日展参与、示現会代表であった洋画家の奥瀬英三は、23日、午前9時10分、肺気しゅのため浦和市内の浦和市立病院で死去した。享年84歳。奥瀬英三は、明治24年(1891)2月28日、三重県上野市に生まれ、京都市立第一商業学校に入学したが、明治42年(1909)中途退学し、明治45年(1912)5月上京、太平洋画会研究所に入所し、約5年間研修した。大正3年(1914)第8回文展に「植物園」が初入選となり、大正5年第10回文展以降、毎回文展、帝展に出品、入選となり大正14年(1925)第6回帝展に「妍花図」「庭」を出品、「庭」特選となり、昭和2年(1927)8回帝展で「真夏の庭」が再度特選、無鑑査となった。一方、大正6年(1917)には太平洋画会会員となり、大正13年には槐樹社結成に参加した。昭和4年(1929)10回帝展審査員、同16、18年4、6回新文展でも審査員をつとめた。昭和13年、海軍従軍画家として中国の漢口方面に従軍、昭和17年にも海軍報道班員としてジャワ方面に従軍した。戦後は、昭和22年(1947)、石川寅治三上知治らと太平洋画会を退会して示現会を結成、49年以後代表となりまた日展に出品して33年(1958)には評議員、のち45年参与となった。昭和35年には埼玉文化賞をうけ、同43年には勲四等瑞宝章をうけた。昭和46年2月、傘寿記念奥瀬英三展が開催された。
出品作品略年譜
大正3年(1914) 8回文展 植物園
大正5年 10回文展 路傍の竹林
大正6年 11回文展 初秋風景
大正7年 12回文展 菜園
大正8年 1回帝展 松林の一部
大正9年 2回帝展 郊外の初秋
大正10年 3回帝展 椎の樹の風景
大正11年 4回帝展 母と子
大正13年 5回帝展 窓際の静物
大正14年 6回帝展 妍花図、庭(特選)
大正15年 7回帝展 静物図、緑陰(特選)
昭和2年 8回帝展 真昼の庭(特選)
昭和3年 9回帝展 春昼
昭和4年 10回帝展 伊豆の海
昭和5年 11回帝展 春日野
昭和6年 12回帝展 室内
昭和7年 13回帝展 老松
昭和8年 14回帝展 山湖の春
昭和9年 15回帝展 静㵎
昭和11年 招待展 春(文部省買上げ)
昭和12年 1回文展 昼の月、33回太平洋展 土用波
昭和13年 2回文展 鰯船
昭和14年 3回文展 湖
昭和15年 奉祝展 山村初夏(東京府買上げ)
昭和16年 4回文展 山村麗日
昭和17年 38回太平洋展 丘麓の冬
昭和18年 6回文展 稔
昭和19年 戦時特別展 八月の海
昭和21年 1回日展 早春
昭和21年 2回日展 柿
昭和22年 3回日展 蔬菜
昭和23年 4回日展 磯
昭和24年 5回日展 漁村の夕
昭和25年 6回日展 松の丘
昭和26年 7回日展 みのり
昭和27年 8回日展 下田風景
昭和28年 9回日展 早春浅間
昭和29年 10回日展 渓谷
昭和30年 11回日展 浅春
昭和31年 12回日展 若葉
昭和32年 13回日展 甲斐駒初夏
昭和34年 改組2回日展 武蔵野路
昭和35年 3回日展 岩壁 13回示現展 妙高初秋。
昭和36年 4回日展 雲
昭和37年 5回日展 遅日
昭和38年 6回日展 五月信濃路 16回示現展 夕月
昭和39年 7回日展 麦秋 17回示現展 干潮
昭和40年 8回日展 秋立つ 18回示現展 残照
昭和41年 9回日展 山村永日 19回示現展 八ヶ岳晴雪
昭和42年 10回日展 残雪白馬 20回示現展 伊豆の岩山
昭和43年 11回日展 新緑信濃路 21回示現展 春耕
昭和44年 再改組1回日展 山村の春 22回示現展 潮
昭和45年 2回日展 渓谷初秋 23回示現展 雲と甲斐駒
昭和46年 24回示現展 晩秋
昭和47年 4回日展 連嶺晩秋 25回示現展 初冬荒磯
昭和48年 5回日展 初夏信濃路 26回示現展 荒磯
昭和49年 6回日展 遅日 27回示現展 夏山
昭和50年(1975) 7回日展 初秋山雲 28回示現展 山村の春

出 典:『日本美術年鑑』昭和51年版(332-333頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2016年11月29日 (更新履歴)
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