坪内節太郎

没年月日:1979/12/04
分野:, (洋)

 洋画家坪内節太郎は、12月4日大腸クローン氏病のため、岐阜市民病院で死去した。享年74。雅号壺人。1905(明38)年9月28日岐阜県稲葉郡那加町に生れ、大阪商業大学を経て天彩画塾で洋画を学んだ。国画会、独立美術協会、春陽会等に出品し、独立展は1932年第2回展「製材所」より連年入選した。1938年独立展に「海」「馬」を出品し美術協会賞となり、同40年協会会友、43年準会員となった。戦後46年行動美術協会第1回展で行動美術賞を受け、同時に会員推挙となった。展覧会作品のほか新聞、雑誌に挿絵、随筆を多く書き、また随想集「絵画人情」(1953、東住吟社)、「歌舞伎画帖」(1963、中日出版局)、「文楽画帖」(東京新聞出版局)、「絵画人情」「水墨画入門」などの著書があり、演劇評論家としても知られる。

出 典:『日本美術年鑑』昭和55年版(298-299頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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