郷倉千靭

没年月日:1975/10/25
分野:, (日)

 日本画家郷倉千靭は、10月25日急性心不全のため、世田谷区の病院で死去した。享年83歳。本名与作。明治25年3月3日富山県射水郡に生れ、同43年富山県立工芸高校を卒業した。大正4年東京美術学校日本画科を卒業、翌5年アメリカに1年半留学した。大正9年第2回帝国美術院展に「雑草の丘」が初入選し、翌年日本美術院第8回展に「地上の春」が同展の初入選となった。同13年には日本美術院同人に推挙された。昭和7年帝国美術学校日本画教授、同11年多摩美術学校日本画教授となり、同41年まで同校の指導にあたった。昭和24年日展審査員となり、同35年第44回院展出品作「山霧」で日本芸術院賞を受賞、同47年には日本芸術院会員となった。また昭和35年印度に旅行し、京都東本願寺、大阪四天王寺壁画など、仏教美術も描いている。作品は、初めに後期印象派に憧れたが、のち日本の古典に傾倒、新しい日本画様式の創造に腐心する。穏健な中庸を得た写実を基盤に、洋風感覚味を大幅にとり入れ、氏独自のモダニズムを漂わす。

略年譜
明治25年(1892) 3月3日富山県射水郡に生れる。
明治43年 富山県立工芸学校卒業。
大正4年 東京美術学校日本画科卒業。
大正5年 米国留学。
大正9年 「雑草の丘」第2回帝展初入選。
大正10年 「地上の春」第8回院展初入選。
大正12年 日本美術院同人となる。
昭和5年 「鳥獣魚」第17回院展。
昭和6年 「拾卵図」第18回院展。
昭和7年 「生采諸相」第19回院展。帝国美術学校教授。
昭和11年 「山の秋」第1回改組帝展。「月明」第23回院展。多摩美術学校教授。
昭和12年 「麓の雪」第24回院展。
昭和13年 「山の夜」(六曲一双)第25回院展。
昭和14年 「渡り鳥」(其一、二)第26回院展。
昭和15年 「湖」(雪二題)第27回院展。「白樺林」奉祝展。
昭和16年 「山頂の春」第28回院展。
昭和17年 「山の初霜」第29回院展。
昭和18年 「五月雨」第30回院展。
昭和19年 「凍朝」第31回院展。
昭和22年 「野鼠」第32回院展。
昭和23年 「牡丹」第33回院展。
昭和24年 「朝風」「夕雲」第34回院展。日展審査員となる。
昭和25年 「樹海の秋」第35回院展。
昭和35年 日本芸術院賞受賞。印度に旅行。
昭和36年 京都東本願寺・大谷婦人会館の壁画「釈迦父に会う図(2.7×13.6m)」を制作。
昭和44年 大阪四天王寺壁画「仏教東漸」(玄奨三蔵)完成。
昭和47年 日本芸術院会員となる。
昭和48年 勲四等旭日中綬章受章。
昭和50年(1975) 10月25日死去。

出 典:『日本美術年鑑』昭和51年版(330-331頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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