中庭煖華

没年月日:1978/10/12
分野:, (日)

 日本画家中庭煖華は、10月12日心不全のため、大阪市住吉の阪和病院で死去した。享年77。本名幸一。明治34年2月15日兵庫県養父郡に生れ、大正4年(1915)画家を志して横浜に出た。大正8年川端画学校に入学し、山村耕花に学んだ。同12年の関東大震災により大和当麻寺中坊に寄留し、翌年京都において小林柯白に師事した。第12回院展に「牡丹」が初入選し、寂明と号した。ついで下村観山、安田靫彦に師事し、靫彦師より煖華号をもらった。昭和17年法隆寺金堂の解体修理に伴う壁画模写に参加、荒井寛方班に加わり10号壁画(薬師浄土図)の模写にたずさわった。昭和20年戦災により横浜の居宅が焼失したため、法隆寺に転居し専ら仏画制作にあたった。昭和28年模写の仕事を修了し、山内より眞如庵に転居し、同35年には当麻曼茶羅厨子模様模写に従事した。翌年第46回院展「花と観音」により日本美術院特待推挙となり。第63回院展「論議台」が絶筆となった。またこの年文化庁創設10周年記念にあたり、表彰をうけた。代表作「花と実」(昭16、28回院展)、「浄安」(昭40、第50回院展)など

出 典:『日本美術年鑑』昭和54年版(322頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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