福岡縫太郎

没年月日:1978/10/22
分野:, (漆)

 漆工家、女子美術大学教授福岡縫太郎は、10月22日食道ガン及び肺しゅようのため東京都中野区の武蔵野遼園病院で死去した。享年78。号萍哉。明治33年9月1日東京日本橋に生まれ、昭和3年東京美術学校漆工科選科を卒業、直ちに同校助手となる。同5年、日本漆工会から派遣されベルギー、フランス、ドイツへ留学、同年助手を辞した。翌年帰国し、同7年大阪府商工技手となり大阪府工業奨励館に同15年まで勤務し、同年から同18年まで商工省工芸指導技師として勤めた。同18年、社団法人大日本工芸会(同年社団法人日本美術及工芸統制協会となる)業務部第一課長(査定課長)に就任、同21年依願退職した。戦後は、同27年通商産業技官となり工業技術院産業工芸試験所に勤務、同34年にはインドへ出張した。同35年退職後、(株)高島屋嘱託(46年まで)となり、翌36年インドへ、38年にはヨーロッパ、アラブ連合へ出張した。また、同36年女子美術短期大学、同39年東京芸術大学の非常勤講師をつとめ、同41年にはJETROからアメリカへ出張しメキシコ工芸の調査にあたり、同年女子美術大学教授となった。この間、日展、ニュークラフト展、日本伝統工芸展などに作品を発表するとともに、蒔絵工芸の指導にあたり、また文化庁文化財保護委員会専門委員、日本漆工協会理事などをつとめた。主要作品に彫漆額皿「海」(同17年)、漆器パネル「幻想」(同26年)、花クルス蒔絵盛器(同51年)などがある。

出 典:『日本美術年鑑』昭和54年版(322頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
to page top