相内武千雄

没年月日:1970/08/25
分野:, (学)

 慶応大学工学部教授相内武千雄は、8月25日午後7時脳いっ血のため横浜国立病院で死去した。享年64歳。明治39年2月青森県南部郡に生れ、昭和3年慶応大学文学部哲学科を卒業した。同年母校文学部助手となり、同7年同校予科教員、同12年同予科教授になり、昭和24年同工学部教授となった。この間、昭和34・10月から9ヶ月に亘り欧米に遊学した。主な著作次の通り。
昭和5年 レオナルドの寺院構想 史学 第9巻第3号
昭和16年 Cappella dei Pazzi 三田文学 第16第10号
昭和17年 遺稿編について 三田文学 第17第11号
昭和26年 Palzzo Pitti その原作者の問題について 芸文研究 1
昭和29年 クロピウスと現代建築 三田評論 第562号
昭和30年 相内図絵(青森) 三田評論 第566号
昭和33年 ブルネレスキの穹窿 芸文研究 8
昭和33年 世界名画全集図版解説 3 河出書房
昭和33年 世界名画全集図版解説 5 河出書房
昭和33年 世界名画全集図版解説 6 河出書房
昭和33年 世界名画全集図版解説 8 河出書房
昭和33年 世界名画全集図版解説 9 河出書房
昭和36年 クイリナーレ広場にて 三田評論 第596号
昭和36年 クリスマスの一夜 三色旗 第156号
昭和36年 再びPalazzo Pittiについて 芸文研究 11
昭和38年 沢木四方吉先生 三田評論 第611号
昭和38年 ギリシヤの神々と神像 古美術 3
昭和39年 エトルリアの首 古美術 6
昭和41年 オリユンピアのフエデイアス工房遺跡の発掘 史学第40第4号
昭和41年 すぽっと・小さな助言 慶應義塾大学報 1
昭和42年 春の奈良見学 塾 22
昭和43年 若き日の山脈 塾 29
昭和43年 ユーモアを解した正義の人田中吟竜君の面影 三田評論 第674号
昭和45年 窓(体育研究所長に就任した辰沼広吉君) 塾 45
昭和45年 新アテッカ派のステーレ・ヘラクレーズ 古美術 31
昭和46年 狐とスキー(遺稿) 塾 45
昭和46年 犬も歩けば棒にあたる(遺稿) 三田評論 第701号

出 典:『日本美術年鑑』昭和46年版(102-103頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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