熊谷宣夫

没年月日:1972/10/15
分野:, (学)

 九州芸術工科大学教授熊谷宣夫は膵臓癌のため、10月15日福岡市の自宅で死去した。享年72才。明治33年9月2日山形県に生れ、東京府立四中、一高を経て昭和2年3月東京帝大文学部美学美術史学科を卒業、卒業論文「大和絵肖像画の研究」は直ちに同年の国華に連続掲載され、早くもその天稟を世にあらわした。同年東大文学部副手、5年美術研究所嘱託となり、東洋美術総目録編纂事業に加わって足利漢画を担当し、初期の研究所時代は専らこの方面での基礎的研究に携った。15年1月朝鮮総督府博物館嘱託として渡鮮し、同館に於て大谷探検隊将来西域美術品に触れて以来、当時全く未開拓の分野であった西域美術研究に先鞭をつけた。調査記録の乏しい大谷探検隊収集品の原所在地比定に始まる幾多の労作は、これらを西欧の収集品と対応させつつ実証的に独自の見解を示したもので、研究成果は法蔵館刊行の「西域文化研究」第5冊に集大成され、またこの「西域の美術」の論文で東北大学より文学博士の学位を授与された。これより先19年10月美術研究所嘱託となり、22年8月文部技官、26年2月以来37年3月退職時まで、美術部第一研究室長として後進を誘掖するとともに「美術研究」誌上に健筆を揮い、また永く同誌の編集を主宰して美術部機関誌の充実に努めた。雪舟研究は早く昭和7年の「伝雪舟花鳥図屏風に就いて」にはじまり、死去の年の山陰地方調査旅行、その5月の美術史学会全国大会の研究発表に及び、西域美術研究とならんで主要研究テーマとなったが、その成果の大部分は東大出版会の「雪舟等楊」に結集されている。また朝鮮美術史に関しては、「朝鮮仏画徴」をはじめ教編の論考がある。かくのごとき学究としての長年にわたる真摯な研究活動のほか、東京芸術大学併任教授、東北大学・東京大学・早稲田大学講師として、最晩年は九州芸術工科大学教授として、学生の指導と研究者の養成に力を竭し、また美術史学会の創立とその運営に献身した。
略歴
昭和2年3月 東京帝大文学部美学美術史学科卒業。東京帝大文学部副手(昭和5年4月まで)
昭和5年6月 帝国美術院附属美術研究所嘱託(6年9月まで)
昭和8年3月 帝国美術院附属美術研究所嘱託(9年9月まで)
昭和15年1月 朝鮮総督府博物館嘱託(19年3月まで)
昭和19年10月 美術研究所嘱託
昭和22年8月 文部技官
昭和26年2月 美術研究所第一研究部長
昭和27年4月 東京文化財研究所第一研究室長
昭和37年3月 同上退職(38年3月まで非常勤嘱託)
昭和38年4月 育英工業専門学校教授(43年3月まで)
昭和43年4月 九州芸術工科大学教授
昭和45年7月 文化財保護審議会専門委員
昭和47年4月29日 勲4等旭日章
昭和47年10月15日 死亡、同日叙従4位
主要著作目録
*単行図書
雪舟(東洋美術文庫)アトリエ社 昭和13年12月
雪舟(日本の名画)平凡社 昭和31年10月
雪舟等楊(日本美術叢書)東大出版 昭和33年7月
西域(中国の名画)平凡社 昭和32年2月
西域の美術(西域文化研究5)法蔵館 昭和37年3月
*論文
大和絵肖像画に就いて 国華439~446 2.6~3.1
伝雪舟花鳥図屏風に就いて 美術研究3 7.3
応永年間の詩画軸 美術研究4 7.4
芭蕉夜雨図考 美術研究8 7.8
蘭渓道隆像に就いて 美術研究10 7.10
玉畹梵芳伝 美術研究15 8.3
仁王経曼茶羅考 美術研究20 8.8
静山印記ある水墨画軸について 画説2 12.2
大原家蔵雪舟筆山水図について 美術研究62 12.2
雪舟号に関して 美術研究63 12.3
雪舟山水画の一特徴 画説9 12.9
雪舟年譜 画説27 14.3
雪舟の石見在住と終焉に対する私見 美術研究28、29 14.4、5
南満州営城子古墳の漢代壁画 画説51 16.3
ベゼクリク第19号窟寺将来の壁画 美術研究122 17.2
ベゼクリク第20号窟寺将来の壁画 美術研究126 17.9
ベゼクリリ第4号窟寺将来の壁画 美術研究138 19.10
キジル洗足洞窟寺将来の壁画 美術研究149 22.3
井上コレクションのキジル壁画断片について 仏教芸術2 23.2
雪舟画年代考 美術研究155 24.7
ミイランの壁画と法隆寺 仏教芸術4 24.7
クムトラキンナラ洞将来の壁画について 仏教芸術5 24.11
我が古墳に於ける仏教芸術の影響に関する一問題 仏教研究6 25.2
李衡文賛の雪舟画山水について 国華700 25.6
ベゼクリク第11号窟寺将来の壁画 美術研究156 25.9
石芝蔡竜臣 美術研究162 26.9
ベゼクリク諸窟寺将来の壁画補遺 美術研究170 28.9
東トルキスタンと大谷探検隊 仏教芸術19 28.12
クムトラ出土の塑造菩薩頭 大和文華12 28.12
大谷ミッション将来の壁画に断片について 美術史11 29.1
ギジル第三区摩耶洞将来の壁画 美術研究172 29.3
クチャ将来の彩画舎利容器 美術研究177 29.9
ベゼクリク第8号窟寺将来の壁画 美術研究178 29.11
ミイラン第3及び第5址将来の壁画 美術研究179 30.1
大谷ミッション将来の玄奘三蔵画像2図 美術史14 30.2
大谷ミッション将来の版画須大拏本生図について 文化20-1 31.1
大谷ミッションの西域出土磚像2種 美術史19 31.1
雪舟彩色画論 美術研究185 31.3
雪舟研究の展望 ミュージアム62 31.5
西域出土の双面壷と人面のアプリケ 美術研究186 31.5
錦城山石仏試論 美術史22 31.12
戊子入明と雪舟上下 美術史23、25 32.1、7
西域出土のテラコッタ共命鳥像 美術研究194 32.9
東洋美術史・西域の美術 美術手帖132 32.10
丁谷山千仏洞旁出土の板絵魯義姑図 大和文華27 33.9
コオタン将来の金銅仏頭 美術研究200 33.9
中国初期金銅仏の2、3の資料 美術研究203 34.3
甲寅銘王延造光背考 美術研究209 35.3
大谷コレクション誓願画資料 美術研究218 36.9
朝鮮仏画徴 朝鮮学報44 42.7
秀文筆墨竹画冊 国華910 43.1
九州所在大陸伝来の仏画 仏教芸術76 45.6
雪舟資料「雪舟二大字」に関して 仏教芸術79 46.4
朝鮮仏画資料拾遺 仏教芸術83 47.1

出 典:『日本美術年鑑』昭和48年版(87-88頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2016年11月29日 (更新履歴)
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