文挾克明

没年月日:1971/09/19
分野:, (洋)

 自由美術協会々員の文挾克明は、9月19日腸閉そくのため死去した。享年66歳。明治38年7月1日栃木県今市市に生れ、本名勝太郎。昭和18年までは勝と号し、以後克明と号した。画家を志して上京、大正11年川端画学校修了、大正15年日本美術学校を卒業した。昭和4年から種々の美術団体展に出品しはじめ、終始超現実主義傾向の独自な画境を示した。
略年譜
昭和4年~8年 国際美術内国展、白日会、1930年協会、槐樹社、東光会などの各展に入選。
昭和6年~23年 独立美術協会展の第1回より第16回まで連続入選。
昭和14年 陸軍従軍画家として中支へ渡る。河北新報に支那事変の絵と文、連載。
昭和17年 独立美術協会会友に推挙される。
昭和23年 「冷たき暴威」で独立美術賞受賞。
昭和24年 「栄光の体型」を日本アンデパンダン展に出品。
昭和25年 独立美術協会から自由美術家協会へ移籍。同時に受賞し、自由美術家協会会員に推挙される。
昭和25年 胃癌の手術をうける。
昭和33年 「抽象絵画の展開」展(国立近代美術館)に招待出品する。
昭和44年 腸閉塞の手術をうける。
昭和45年 朝日新聞紙上に東大名誉教授大塚久雄「わが道」のカットを担当連載する。
昭和46年 2月、腸閉塞再手術。9月19日同病悪化で死去。

出 典:『日本美術年鑑』昭和47年版(88頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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