耳野卯三郎

没年月日:1974/03/15
分野:, (洋)

 日本芸術院会員、日展顧問の洋画家、耳野卯三郎は、3月15日午後2時10分、心不全のため東京・中央区の加藤病院で死去した。享年82歳。耳野卯三郎は、明治24年(1891)11月12日、大阪市に生まれ、天王寺中学校をおえたあと、葵橋洋画研究所に学び、大正5年(1916)東京美術学校西洋画科を卒業した。初入選は、大正3年(1914)第8回文展「カフェの朝」で、光風会展、文展、帝展、日展とに出品を続け、昭和8年(1933)光風会会員となっている(のち昭和40年退会)。昭和9年第15回帝展「庭にて」が特選となり、昭和11年「鞦韆」が文部省買上げとなった。昭和14年第3回新文展「少女と猫」、同15年紀元二千六百年奉祝展「緑衣」、同17年第5回文展「少女座像」、同年審査委員、また大正末期から昭和初期にかけては童画や児童雑誌の挿絵でも活躍した。戦後の日展では審査員などをつとめ、昭和36年第4回日展「静物」で同年度の日本芸術院賞を受賞、昭和41年1月日本芸術院会員に選ばれ、同42年勲三等瑞宝章を受章した。

出 典:『日本美術年鑑』昭和49・50年版(284頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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