三上知治

没年月日:1974/06/03
分野:, (洋)

 示現会代表、日本水彩画会名誉会員、日展会員の三上知治は、6月3日午後6時、東京都新宿区の自宅で老衰のため死去した。享年88歳。三上知治は明治19年(1886)12月10日、東京に生まれ、明治35年(1902)9月10日、小山正太郎の洋画塾不同舎に入舎、ひき続き太平洋画会研究所に学んだ。明治40年第1回文展から出品(「松並木」)し、同41年には太平洋会会員となっている。第2回文展「時雨ふる日」、第3回文展「三輪」と連続入選、第3回展では褒状をうけ、さらに第5回展では「初秋」で褒状をうけている。大正3年大正博覧会に「湯ヶ島」出品、褒状、大正11年平和記念博覧会では「豕の母子」で銀賞をうけた。大正13-14年(1924-25)ヨーロッパに遊学し、フランス、イタリアに滞在。帝展には大正12、13年を除いて毎回入選、昭和3年(1928)第10回帝展で特選となり、同5年無鑑査に推薦された。昭和11年、海軍館に「蘇州空中戦の図」を制作、同13年従軍して中国に赴いた。昭和17年、舞鶴海軍館に「マライ沖海戦」「アリューシャン上陸の図」などを制作、その間太平洋美術学校で後身の指導にもあたった。戦後、日展審査員をつとめ、昭和22年に示現会を結成、その代表者の位置にあった。動物を題材とした作品も多い。

出 典:『日本美術年鑑』昭和49・50年版(284頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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