福田豊四郎

没年月日:1970/09/28
分野:, (日)

 新制作協会の日本画家福田豊四郎は、9月27日肝硬変のため世田谷の自宅で死去した。享年65歳。本名豊城。明治37年11月27日秋田県鹿角郡で、薬局を営む豊治、母しのの四男として生れた。大正8年小坂町立小坂高等科をおえ、画家を志して京都に出、鹿子木孟郎の塾に入った。間もなく親の反対で一旦帰京するが、同11年再び上京し、川端竜子に師事した。更らに翌12年京都に戻り、土田麦僊に師事した。この頃から豊四郎の号を用いた。同14年京都絵画専門学校に入学、昭和3年同校選科を卒え、秋、上京して旧師川端竜子に師事した。この間、昭和2年国画創作協会々友になり、同展には「東福寺風景」(4回国展)、「静峡」(5回国展)などの作品がみられる。同4年には、石橋文子と結婚し、青竜社々友となった。同7年同社々人になったが、青竜社が反官展を表明したのを機会に、昭和8年9月同社を脱退した。翌9年日本画革新をはかり吉岡堅二らと6月山樹会を結成、さらに翌7月新日本画研究会を結成した。昭和13年2月同会を拡大し、新美術人協会として発足した。この年から翌年にかけ、陸軍従軍画家として中支・北支を巡歴し、翌14年1月帰国した。さらに、同17年4月4日から9月3日まで、陸軍従軍画家として東南アジアを巡ぐった。昭和20年2月には、秋田県由利郡に疎開し、翌21年2月東京に戻った。戦後昭和23年1月、山本丘人吉岡堅二らと世界性に立脚する日本絵画の創造をスローガンに、創造美術協会を結成した。同会は昭和26年新制作派協会と「相互連関性」をとなえ、合併して新制作協会となった。昭和31年3月武蔵野美術大学日本画講師となり、4月から約3カ月間アジア連帯文化使節の一員として東西諸国を巡遊した。同38年10月黄疸発病、翌年3月肝硬変のため東京目黒国立第二病院に入院した。8月退院し、翌41年2月再発のため同病院に再入院、翌42年10月退院した。44年10月三度目の入院をし、翌年6月退院したが、9月病気再発し、没した。
年齢 作品略年譜
大正11 18 「花びわのかげ」院展試作展 「鶏小屋」中央美術展
大正12 19 「春の多摩川」大阪毎日展
大正13 20 「水泳ぐ児等」第5回帝展 「東福寺風景」第4回国画創作展 「発車後」国画創作春季展
大正14 21 「雪の北国」第6回帝展 「静峡」第5回国画創作展
大正15昭和元 22 「故山新秋」第7回帝展
昭和3 24 「ふるさとの夏」第9回帝展 「雪の一日絵巻」第6回国画創作展
昭和4 25 「山みのる秋」第10回帝展 「山湖遊行巻」第1回青龍社展
昭和5 26 「早苗曇り」第11回帝展、特選 「山春・待春」双幅 第2回青龍社展
昭和6 27 「水辺の夏」第12回帝展 「山の秋」第3回青龍社展
昭和7 28 「樹々の山は芽を吹く」第13回帝展 「山菜を売る人達」第4回青龍社展 「闘犬の日」第4回青龍社展
昭和8 29 「たこあげる児等」第14回帝展 「熔鉱炉」第5回青龍社展 「草野」第5回青龍社展
昭和9 30 「夏郷」第15回帝展 「福田薬局図」山樹社展 「陸中の人」山樹社展 「おそ秋」山樹社展 「きつつきの山」山樹社展 「靴屋」山樹社展 「田園七旺集」7点 山樹社展 「鉱山風景」新日本画研究会展
昭和10 31 「樹の根と牛」山樹社展 「樹の根と蝶」山樹社展 「南瓜と少年」山樹社展 「春寒」山樹社展 「爽朝」山樹社展 「開墾地」山樹社展
昭和11 32 「海辺」第1回新帝展 「六月の森」新文展鑑査展
昭和12 33 「樹氷」第1回新文展
昭和13 34 「濤A」新美術人展
昭和14 35 「蒙彊」第3回新文展 「松」新美術人展
昭和15 36 「鴉」新美術人展
昭和16 37 「山脈-からす-」第5回新文展 「八郎湖凍漁」新美術人展
昭和17 38 「英領ボルネオを衝く」
昭和18 39 「叢林」新美術人協会展 毎日新聞連載小説、石川達三「日常の戦ひ」8月31日~19年1月12日の挿絵をかく。
昭和21 42 絵本「笠地蔵様」美術出版社出版、絵・福田豊四郎、文・関敬吾。
昭和22 43 「暮沼」第2回日展
昭和23 44 「秋田のマリア」第1回創造美術展
昭和24 45 「踊る娘たち」第2回創造美術展
昭和25 46 「海女」第3回創造美術展 「沼」創造美術春季展 「野の花輪」創造美術春季展
昭和26 47 「山河」第15回新制作展 文部省買上。「愛」新制作春季展 絵本「夕鶴」新潮社出版、絵・福田豊四郎、文・木下順二。朝日新聞連載小説、林芙美子「めし」4月1日~7月6日の挿絵をかく。
昭和27 48 「八幡平」第16回新制作展 毎日新聞連載小説、今日出海「怒れ三平」10月10日~28年2月2日の挿絵をかく。
昭和28 49 サンデー毎日連載小説、吉屋信子「秘色」1月4日号~5月24日号の挿絵をかく。婦人公論連載「物語人物女性史」1月号~12月号挿絵をかく。6月4日、胆石手術。
昭和29年 50 「月夜」第18回新制作展 「軍鶏」新制作春季展 朝日新聞連載小説、井上靖「あした来る人」3月27日~11月3日の挿絵をかく。
昭和30 51 「滝A」第19回新制作展、毎日美術賞受賞 「流れ」第31回日本国際美術展 佳作賞受賞。 「歯朶」新制作春季展  婦人公論連載小説、石川達三「親しらず」5月号~11月号の挿絵をかく。毎日新聞連載小説、今日出海「チョップ先生」8月16日~31年3月23日の挿絵をかく。
昭和31 52 「濤B」第20回新制作展 2月、「美しさはどこにでも」牧書店出版、産経出版文化賞受賞。東京新聞連載小説、火野葦平「コマよまわれ」10月21日~32年10月8日の挿絵をかく。
昭和32 53 「滝B」第21回新制作展 「北京の屋根」新制作春季展 中央公論連載小説、井上靖「天平の甍」3月号~10月号の挿絵をかく。
昭和33 54 「海ねこ礁」第22回新制作展 「氷原」第3回毎日現代美術展 朝日新聞連載小説、沢野久雄「火口湖」11月19日~34年3月25日の挿絵をかく。
昭和34 55 「金華山」第23回新制作展
昭和35 56 「流れと鹿」第23回新制作展 「小鳥のくる流れ」毎日美術賞記念展 「福田豊四郎個展」東京・壺中居6月20日~25日
昭和36 57 「山海」第25回新制作展 「風樹」第6回毎日国際美術展 東京新聞連載小説、井上靖「崖」1月30日~37年7月8日の挿絵をかく。「福田豊四郎個展-旅の回想」東京壺中居、「福田豊四郎近作展」、名古屋・丸栄デパート、10月7日~12日。
昭和37 58 「山脈」第26回新制作展 「梅」第5回現代美術展 「福田豊四郎画伯スケッチ展」秋田市・木内デパート、5月18日~20日「福田豊四郎個展-雪国を描く」東京・壺中居、6月18日~23日「福田豊四郎近作展」秋田市・木内デパート、9月25日~10月3日「福田豊四郎自選回顧展」秋田市立美術館9月25日~10月14日、10月26日
昭和38 59 「炎」第27回新制作展 「鯉」新制作春季展 「福田豊四郎個展」大阪・大丸デパート1月22日~27日。「福田豊四郎上村松篁展」神奈川県立近代美術館9月14日~10月27日。婦人公論連載小説、井上靖「楊貴妃伝」2月号~40年5月号の挿絵をかく。
昭和39 60 「ふるさとへ帰る」第28回新制作展 「野火けもの」第6回現代美術展 「福田豊四郎・京洛風趣展」東京プリンスホテル内、フジインターナショナル・アート、11月2日~11月14日。 「福田豊四郎個展-十和田湖十二景-」、東京・上野松坂屋11月17日~22日。朝日新聞連載小説三浦綾子「氷点」12月9日~40年11月14日の挿絵をかく。
昭和40 61 主婦の友連載小説、獅子文六「父の乳」1月号~42年12月号の挿絵をかく。「北国へ春が来た」新制作春季展 約2年にわたる月刊誌「潮」の表紙絵終る。
昭和41 62 「層雲峡」新制作春季展
昭和42 63 3月、『福田豊四郎画集-田園抄12ヶ月-』三彩社。「福田豊四郎展-小さい世界-」東京・南天子画廊3月27日~4月8日
昭和43 64 「雪国」第32回新制作展
昭和45 朝日新聞連載小説、三浦綾子「続氷点」5月12日~46年5月10日の挿絵を病没までかき続ける。そのあとを新制作協会会員向井久万が引継いでかく。「福田豊四郎展」、東京・南天子画廊9月7日~19日。
昭和46 「福田豊四郎画伯遺作展」秋田県角館町公民館4月27日~29日。「福田豊四郎遺作展」秋田市立美術館9月17日~10月13日。
武塙林太郎・井上隆明氏制作福田豊四郎年譜参考

出 典:『日本美術年鑑』昭和46年版(105-107頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2016年11月29日 (更新履歴)
『日本美術年鑑』に収録されている以下の記事にも「福田豊四郎」が含まれます。
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